流転編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ
I feel that I can always count on you.
「十番隊が、壊滅したかもしれない……?」
何百年と過ごしてきた一番隊の執務室で、久々に、全身の血が音を立てて足元に落ちていくような、ぞっとする感覚を味わった。
そんな馬鹿な、と思う。
思わず、座って居た椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、連絡に来た隠密機動の子が告げた言葉を、鸚鵡返しに繰り返してしまう。
けれど、隠密機動の子が嘘を言うはずがない。
私は呆然としながら、今日の十番隊の任務内容を反芻する。
今回、十番隊に渡された任務は、巨大虚が数十体に、その巨大虚の甘い汁に縋ろうと出現する下位の虚の数百体の群れの滅却。
虚が群れで移動するから、現世でひとりかふたりで駐在任務に就いている下位の死神にとって脅威となっていた。その状況に、隊長格も含めたひとつの隊の総力戦が中央四十六室から命じられたのだ。
虚数百体を殲滅する際には、追い詰められた虚が大虚を呼び出す恐れがあるから、手際良く滅却する必要がある。それでも万が一、大虚が出現したとしたら、上位席官の中でも特に戦闘面に特化した死神が居なければ、任務遂行は難しい。
その予想を憂慮して、重國さんに次いで経験豊富な古参の十番隊隊長自らが、新人を除いた半数以上の隊員を率いて任務に就いたはず。
だけど。
「大虚が、予想よりも数多く出たのね?」
そして下位の隊員達を護りながら、十番隊隊長は戦う事になったのだ。
「恐らくはその通りかと。現世へ赴いて後、隊長副隊長両名から『限定解除』の要請がありました。こちらから『限定解除』の許可を伝えるのと入れ違いに、十番隊の隊員から『大虚を倒せる人なら誰でも……』との救援要請が、最後の通信となっております」
「わかりました。一番隊副隊長、、救援要請に応じます」
即答した。
ハッキリ言ってこの救援要請に即座に応えられるのは、私しか居ないだろうとも思った。
もちろん、私の他にも各隊の隊長なら大虚を倒せる。王族特務だって実力的に可能だろう。けれどそう言った地位に居る人達は、こういった前触れのない緊急要請に即座に行く事ができない。『限定解除』の申請許可に時間が掛かるように、現場に居る人達からみると、上に在る者ほど苛立つほどやっかいな書類申請をやってからしか動けない。
こういう時、つくづく副隊長に留まっていて良かったと思う。
そして、そういった意味でも、いつか来る『海燕が死ぬ日』に、海燕を思って十四郎がした事が、どれだけ思い切った事なのかが分かる。後から来る叱責を覚悟して、ただ心のままに赴いたんだろう。
「……後を頼みます」
よぎった悲しい予測を振り切るように、執務室の中で私と隠密機動の子とのやりとりを聞いて居た長次郎さんに言葉を掛ける。重國さんから任された執務を、やりかけのまま放り出す事を無言のまま許してくれた姿に、自然と頭が下がった。
現世の空は、青を隠すように灰銀の雲が一面に広がって、太陽の光を殺していた。そして何もかも灰色に染まっていく中、赤く濡れている場所がある。
たどり着いて見た、その光景の余りの悲惨さに、私は眉根を寄せる。
十番隊の幾人もの隊員が力を合わせて、人の居る街から虚の群れをここまで追い込んだんだろう。人気のない、深い森や平地の拡がる場所だった。そこが、赤く濡れている。
大虚が3体。
しかも1体はギリアンではなく、アジューカスだった。
血の海の中で、十番隊隊長は一人で戦って居た。
そして大虚との戦いで足手纏いになるだろう隊員達の霊圧が、森の中に在る。
三席の乱菊が、下位の隊員を守るように結界を張っているのが分かる。皆、隊長の戦いの足手纏いにならないように、ひっそりと息を殺しているようだった。そうして己の隊の隊長が、傷付いていくのをただ見る事しか出来なかった、彼等の気持ちは如何ばかりだろう。
十番隊隊長の足元には、副隊長を筆頭に数十人の隊員が倒れている……全員、既に魄動がない。
死神の身体は、生きていても死んでいても、魂魄だ。
虚の餌にされてしまう可能性が高いのに、隊員達の亡骸に欠けた箇所が無いのは、己の隊の隊員の亡骸を護るように、彼が必死に戦っていたのだと分かる。
今の十番隊の隊長は、重國さんに次いで最古参の一人。霊力は隊長の中では『中の中』だけど、その戦闘経験の豊富さから、一目置かれる存在だった。普段は好々爺という感じに皺を深くして笑う人で、私は今日この時まで、隊長として経験豊富な彼が、いつの日か天才児と言われる日番谷君を抜擢して、己の後継者として育て上げて引退するのだろうと、そんな優しい交代劇を予想しながら、親しくさせていただいていた。
その彼の手には、斬魄刀がなかった。
否、正確には、彼の肩から、その両腕が無くなっていた。
斬魄刀を握る事ができなくなって、それでも隊員を護る事を諦める事なく、救援が来るまで持ち堪えようと、鬼道の詠唱だけで大虚3体に応戦していたのだ。
両肩から、失神してもおかしくないくらい血を流しながら。
流石だった。やっぱり、天才児と謳われる日番谷君を育て上げるに足る人だと思う。
だけど、もう、それは叶わないかもしれない。
私の到着に気がついて、己の役目は終わったとばかりに、満足そうに彼が微笑むのを見て。
「輝暗闇……っ!」
斬魄刀の名を呼びつつ、彼と大虚の間に割り込みながら、涙が溢れそうだった。
私が卍解をして、ギリアンとアジューカスを滅却した途端、残りのギリアン1体は曇天を割るようにして消えていく。
相変わらず嫌になるほど引き際が良い。
けれど、今はそれが有り難い。
「……誰か! 治癒の鬼道が出来る人は居ないの?!」
戦闘の為にいささか乱れた呼気はそのままに、生き残っている隊員達が居る方へ声を張り上げれば、森の中から転び出るように十番隊の隊員達が私の元……負傷した己の隊長の元に、駆け付ける。
しかし、必死な顔で彼等の幾人かが治癒の鬼道を掛けても、治療専門の四番隊と同じ成果は出るはずもなく、魄動はどんどん弱くなっていった。
失血が、酷すぎたのだろう。
それでも彼は、治癒の力が及ばなくて嘆く隊員に「気にするでない」と笑って、悲しむ隊員に「精一杯やった結果だ」と笑って、私に「来てくれて感謝する」と笑って。
笑って、亡くなった。
生き残った隊員達のほぼ半数が泣いて見送る中、私は唇を噛み締める。
瞳に涙が滲んでしまっていたけど、泣くのは我慢しなければ。
私は、副隊長だから。
この中で一番責任ある私が取り乱していたら、いたずらに不安を煽ってしまう。そんな事はしたくない。たとえ涙をなくす事はできなくても、ここでは泣かずに、凛と立っていなければ駄目だ。
そして、ここに居る皆を、誰ひとり欠ける事なく、尸魂界に連れて帰る。
もう一度大虚が現れようと、ひと息の内に滅却しよう。
そこまで考えて、視界の端に友達の姿を見つけた。
「乱菊、怪我は?」
「……」
ぽつりと呟いた乱菊は、まるで頭から血を被ったように、綺麗な明るい色の髪を、血で赤黒く汚している。
髪だけじゃない、どこもかしこも血に濡れていて、これではどこかに重傷を負っていても見た目でわからないから、確認するために一歩近付いたら。
「………っ」
私の名前を呼びながら、真っ赤に濡れて居た頬に、涙が幾筋も流れ落ちていく。
--- 己の隊の、隊長と副隊長をほぼ同時に失ったのだ。
身体よりも、心の方が、ずっと傷付いているんだね。
乱菊は私よりも背が高いから、すっぽり抱き締める事はできないのが悔しいけど、出来る限り手を伸ばして、その身体を抱きしめる。
「……っ」
「……乱菊」
「…っ」
「…がんばったね、乱菊」
頭から被っている、その血からは虚の匂いがする。大虚はともかく、大虚を呼び出してしまった他の数百の虚を、きっと誰よりも滅却したんだろう。それにあの結界。十番隊の隊長と副隊長に次いで、最高位の三席の乱菊が、生き残った下位の隊員達を護らなければと、必死になって気を張っていたのだと、わかる。
私が声を掛けるまで、ちゃんと泣く事も出来なかったような姿が、凄く悲しかった。
でも今は、私が居るから。
もう、思いきり泣いて良いんだよと言う変わりに、柔らかく抱きしめる。
乱菊を抱きしめながら、生き残った隊員達へも、『がんばったね』『もう大丈夫』と伝える為に、涙を堪えたまま、微笑んで見せた。
古参の死神として、どんな風にすれば皆が安心するのか、肌で知っている。
己より上位の死神が『ここはもう大丈夫』と言うように微笑んで立っている姿を見れば、窮地に陥った隊員達は『もう大丈夫なんだ』と感じて安堵する。そうしてやっと、張り詰めていた心を溶かす。
私は、その為にならいくらでも涙を堪えよう。
いよいよ激しくなった嗚咽を聞きながら、私は乱菊の背を撫で続けた。
泣いて良いんだよ。
誰かを思って流す涙は、悪い事なんかじゃない。
そうして、落ち着いたら、帰ろう。
誰ひとり、欠けることなく。
私が、護るからね。
その後は、何事もなく尸魂界に戻れて。
四番隊に十番隊の治療を任せ、任務の結果報告を終えた後、自宅へと帰宅する。
大虚相手だと事前に判っていたから、あらかじめ薬を飲んでおいた。おかげで卍解しても『病』の症状は出ていないけど、なんとなく身体がだるい。
瀞霊廷の中でも緑の濃い、隠れ家のような自宅に着けば、死覇装のまま畳の上に、寝転がって深呼吸をする。一度止めてしまった涙はなかなか出て来ないけれど、たぶん、夜にはこっそり泣けるだろう。
「……そういえば、薬がもうそろそろ無くなりそう」
また喜助に薬の使い過ぎだと怒られるかな、と思って苦笑する。
私が『病』に掛かっている事を、春水や十四郎や皆に内緒にしてもらっている喜助には、ちょっと頭があがらない。
まぁ、私は私で喜助の色々を知っているからお違い様だし。
どんなに喜助が怒っても、手に入れた力で、助けられる人が居ると判っているのに、見捨てる事なんて出来ないよ。
普段はなるべく大物を滅却する任務に就かないように気をつけていても、ああいう緊急時には、ためらいもなく行ってしまう。
……ためらう事なんて、できないよね。
後悔はしていない。
大事な人を、大事にできるだけの強さを、手に入れた事に後悔なんてしようがない。
春水と十四郎の霊圧が、それぞれの隊舎からこちらへと向かって来ているのを感じて目を閉じる。
きっと、緊急の救援任務に出たのが、伝わったんだろう。
心配かけちゃったのかな。
ぼんやりとそんな事を思っていたら、あっという間に二人の霊圧は、ほぼ同時にこの家に着いていた。
「瞬歩まで使って……、そんなに慌てて来なくても、私は怪我を負っていないのに」
目を開けて、上半身だけ身を起こしながら、囁くようにぼやいた次の瞬間、勢い良くふすまを開け放って、十四郎が部屋に飛び込んで来た。その後ろからは春水の霊圧も感じて。
「! 無事か?!」
って、いきなり抱きつかないでーっ!
「待った! 待ってってば! どこにも怪我なんてしてないから! ちょっ、春水も見てないで、十四郎を止めてよ!」
十四郎は骨張った手で私の襟元をがっしりと掴んで、思いっきり私の肌を露にして、傷があるかどうか確認しようとして。
いくら付き合っているからって、いきなり諸肌脱ぎって言うのは恥ずかしすぎるから!
頬がかすかに染まるのを自覚しつつ、十四郎の後から部屋に入って来た春水に、慌てて助けを求めたのに。
「や、この件に関しては、ボクは浮竹の味方だからね」
さらっと見捨てられてしまった……。
その物言いにがっくりと脱力して、もうどうでもいいやとばかりに、十四郎の好きにさせる。
大きな身体を屈めて、真剣な表情で私の四肢を見遣る十四郎は、凄く心配してるんだなぁと良く判るから、力づくで抵抗しようなんて思えないし……うん、もう、仕方ない。
「……どこにも怪我はないようだな」
袴を太股近くまでめくって全部調べた後、そう呟いた十四郎はふぅっと大きく溜め息を吐く。
私の方が溜め息を吐きたいよ。
納得してくれたようで、良かったけど。
「それは良かった。烈ちゃんの言った通り、は無傷なんだね」
…ちょっと待って。
春水が言った言葉に、私も十四郎も固まった。
「京楽、お前、卯の花がを無傷だと、そう言ってたのを知っていたなら、何でそれを俺に教えないんだ!」
「ボクも烈ちゃんの言葉だけじゃなくて、実際に見て無事かどうか確かめたかったからねぇ。お前さんを止める訳ないじゃない」
飄々と笑う春水は、十四郎の手に掛かって盛大に着物を崩されて諸肌露にされた私と、そんな私の状態に今更のように気が付いて顔を真っ赤にさせる十四郎を見ながら、あっさりと言う。
「知っていながら止めないなんて、心配性すぎだよ、春水……」
おまけにちょっと意地悪だ。
あーあー、十四郎ってば、ちょっと、気の毒になるくらい真っ赤になっちゃって。
「うん、ごめんねぇ」
「……後で覚えていろ、京楽」
クツクツと笑う春水を、十四郎は思いっきり睨み付ける。私はそんな二人を見ながら、どうしようもないなぁと笑えてしまった。
笑って、笑って。
涙が、溢れてきた。
あぁ…もうっ、心配掛けないように、ひとり、自宅で思いっきり、泣こうと思っていたのに。
「……?」
そのまま涙を止めれない私を見て、十四郎が凄く驚いた顔になる。
「爺さんが亡くなったのは、悲しいね」
春水が、そう言いながら腰を下ろして、私を柔らかく抱き締めて囁いた。
その言葉を聞いた十四郎が、私の横で息を飲む。私はそれで漸く、十四郎は任務の結果を知らないまま此処に来て、春水は結果を知ってから来たんだなぁって、察する事ができた。
この分だと春水には、ひとりで泣こうとしていたの、筒抜けだったかもしれない。
私が、あの人と親しくしていた事を、ふたりは知っている。
「……最期まで、笑顔だったよ。精一杯やった結果だって言って、笑っていたの」
「爺さんらしいね」
「……あの人は、元柳斎先生に次いで胆が座った方だったからな」
「うん。……心が、強い人だったよ……っ」
涙声で話していた私の目元に、春水から口付けがひとつ。
十四郎からも、逆の目元に、口付けをひとつ。
優しさが、堪らなくて。
涙が、止まりそうにない。
そんな私を、春水は優しく抱き続け、十四郎は優しく背を撫で続けてくれた。
しばらくすると、涙が止まって、ホッと息を吐く。
「……ありがとう、春水、十四郎」
言いながら、ちょっと恥ずかしかった。泣くにしても、どうも私、子供みたいに泣いてしまうんだよね。
真央霊術院の頃から変わった事と言えば、少しの間は我慢できるようになっただけだ。
なんだか、情けないかも……。
そう思いつつ春水に抱きしめられたままだった私を、十四郎が嫉妬を滲ませた顔を見せながら、その腕の中に奪う。
十四郎の、むすっと拗ねた顔を見上げて、しまった、と思う。
「浮竹、大人気ないなぁ」
「煩い、俺だってを抱きしめたかったんだ」
相変わらずなんてストレートな物良いを……。
嬉しいけど恥ずかしいから!
「……でも、十四郎、私、もう泣き止んだんだけど……」
「……ダメか?」
うっ、そんな、愛眼動物みたいに上目遣いでお願いしないでよ。
断れなくて、困っている私と、十四郎の可愛らしい嫉妬を見た春水はクツクツと笑う。
「、浮竹の気が済むまで、もうちょっとそうしてあげれば?」
「……そうする」
春水の言葉に甘えて、私は十四郎の腕の中に落ち着く。これで以外と嫉妬深いのだ、十四郎は。こうしておかないと後が怖い。
やれやれ、と微笑みながら、心が随分と、軽くなっているのを実感して、私はそっと目を閉じる。
情けないけど、でもやっぱり、ひとりで泣かなくて良かった。
ふたりが居てくれて、良かった。
私の事を想って、すぐに私の元へ来てくれた事には、どれだけ感謝してもし足りないだろう。
目を開けて、微笑んで、ふたりそれぞれに感謝を込めて口付けながら、私は、幸せというものを、染み入るように、感じていた。
たとえどんなに血に濡れて、涙に濡れても。
ふたりの腕の中で、つらい気持ちは、溶けていくから。
何百年と過ごしてきた一番隊の執務室で、久々に、全身の血が音を立てて足元に落ちていくような、ぞっとする感覚を味わった。
そんな馬鹿な、と思う。
思わず、座って居た椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、連絡に来た隠密機動の子が告げた言葉を、鸚鵡返しに繰り返してしまう。
けれど、隠密機動の子が嘘を言うはずがない。
私は呆然としながら、今日の十番隊の任務内容を反芻する。
今回、十番隊に渡された任務は、巨大虚が数十体に、その巨大虚の甘い汁に縋ろうと出現する下位の虚の数百体の群れの滅却。
虚が群れで移動するから、現世でひとりかふたりで駐在任務に就いている下位の死神にとって脅威となっていた。その状況に、隊長格も含めたひとつの隊の総力戦が中央四十六室から命じられたのだ。
虚数百体を殲滅する際には、追い詰められた虚が大虚を呼び出す恐れがあるから、手際良く滅却する必要がある。それでも万が一、大虚が出現したとしたら、上位席官の中でも特に戦闘面に特化した死神が居なければ、任務遂行は難しい。
その予想を憂慮して、重國さんに次いで経験豊富な古参の十番隊隊長自らが、新人を除いた半数以上の隊員を率いて任務に就いたはず。
だけど。
「大虚が、予想よりも数多く出たのね?」
そして下位の隊員達を護りながら、十番隊隊長は戦う事になったのだ。
「恐らくはその通りかと。現世へ赴いて後、隊長副隊長両名から『限定解除』の要請がありました。こちらから『限定解除』の許可を伝えるのと入れ違いに、十番隊の隊員から『大虚を倒せる人なら誰でも……』との救援要請が、最後の通信となっております」
「わかりました。一番隊副隊長、、救援要請に応じます」
即答した。
ハッキリ言ってこの救援要請に即座に応えられるのは、私しか居ないだろうとも思った。
もちろん、私の他にも各隊の隊長なら大虚を倒せる。王族特務だって実力的に可能だろう。けれどそう言った地位に居る人達は、こういった前触れのない緊急要請に即座に行く事ができない。『限定解除』の申請許可に時間が掛かるように、現場に居る人達からみると、上に在る者ほど苛立つほどやっかいな書類申請をやってからしか動けない。
こういう時、つくづく副隊長に留まっていて良かったと思う。
そして、そういった意味でも、いつか来る『海燕が死ぬ日』に、海燕を思って十四郎がした事が、どれだけ思い切った事なのかが分かる。後から来る叱責を覚悟して、ただ心のままに赴いたんだろう。
「……後を頼みます」
よぎった悲しい予測を振り切るように、執務室の中で私と隠密機動の子とのやりとりを聞いて居た長次郎さんに言葉を掛ける。重國さんから任された執務を、やりかけのまま放り出す事を無言のまま許してくれた姿に、自然と頭が下がった。
現世の空は、青を隠すように灰銀の雲が一面に広がって、太陽の光を殺していた。そして何もかも灰色に染まっていく中、赤く濡れている場所がある。
たどり着いて見た、その光景の余りの悲惨さに、私は眉根を寄せる。
十番隊の幾人もの隊員が力を合わせて、人の居る街から虚の群れをここまで追い込んだんだろう。人気のない、深い森や平地の拡がる場所だった。そこが、赤く濡れている。
大虚が3体。
しかも1体はギリアンではなく、アジューカスだった。
血の海の中で、十番隊隊長は一人で戦って居た。
そして大虚との戦いで足手纏いになるだろう隊員達の霊圧が、森の中に在る。
三席の乱菊が、下位の隊員を守るように結界を張っているのが分かる。皆、隊長の戦いの足手纏いにならないように、ひっそりと息を殺しているようだった。そうして己の隊の隊長が、傷付いていくのをただ見る事しか出来なかった、彼等の気持ちは如何ばかりだろう。
十番隊隊長の足元には、副隊長を筆頭に数十人の隊員が倒れている……全員、既に魄動がない。
死神の身体は、生きていても死んでいても、魂魄だ。
虚の餌にされてしまう可能性が高いのに、隊員達の亡骸に欠けた箇所が無いのは、己の隊の隊員の亡骸を護るように、彼が必死に戦っていたのだと分かる。
今の十番隊の隊長は、重國さんに次いで最古参の一人。霊力は隊長の中では『中の中』だけど、その戦闘経験の豊富さから、一目置かれる存在だった。普段は好々爺という感じに皺を深くして笑う人で、私は今日この時まで、隊長として経験豊富な彼が、いつの日か天才児と言われる日番谷君を抜擢して、己の後継者として育て上げて引退するのだろうと、そんな優しい交代劇を予想しながら、親しくさせていただいていた。
その彼の手には、斬魄刀がなかった。
否、正確には、彼の肩から、その両腕が無くなっていた。
斬魄刀を握る事ができなくなって、それでも隊員を護る事を諦める事なく、救援が来るまで持ち堪えようと、鬼道の詠唱だけで大虚3体に応戦していたのだ。
両肩から、失神してもおかしくないくらい血を流しながら。
流石だった。やっぱり、天才児と謳われる日番谷君を育て上げるに足る人だと思う。
だけど、もう、それは叶わないかもしれない。
私の到着に気がついて、己の役目は終わったとばかりに、満足そうに彼が微笑むのを見て。
「輝暗闇……っ!」
斬魄刀の名を呼びつつ、彼と大虚の間に割り込みながら、涙が溢れそうだった。
私が卍解をして、ギリアンとアジューカスを滅却した途端、残りのギリアン1体は曇天を割るようにして消えていく。
相変わらず嫌になるほど引き際が良い。
けれど、今はそれが有り難い。
「……誰か! 治癒の鬼道が出来る人は居ないの?!」
戦闘の為にいささか乱れた呼気はそのままに、生き残っている隊員達が居る方へ声を張り上げれば、森の中から転び出るように十番隊の隊員達が私の元……負傷した己の隊長の元に、駆け付ける。
しかし、必死な顔で彼等の幾人かが治癒の鬼道を掛けても、治療専門の四番隊と同じ成果は出るはずもなく、魄動はどんどん弱くなっていった。
失血が、酷すぎたのだろう。
それでも彼は、治癒の力が及ばなくて嘆く隊員に「気にするでない」と笑って、悲しむ隊員に「精一杯やった結果だ」と笑って、私に「来てくれて感謝する」と笑って。
笑って、亡くなった。
生き残った隊員達のほぼ半数が泣いて見送る中、私は唇を噛み締める。
瞳に涙が滲んでしまっていたけど、泣くのは我慢しなければ。
私は、副隊長だから。
この中で一番責任ある私が取り乱していたら、いたずらに不安を煽ってしまう。そんな事はしたくない。たとえ涙をなくす事はできなくても、ここでは泣かずに、凛と立っていなければ駄目だ。
そして、ここに居る皆を、誰ひとり欠ける事なく、尸魂界に連れて帰る。
もう一度大虚が現れようと、ひと息の内に滅却しよう。
そこまで考えて、視界の端に友達の姿を見つけた。
「乱菊、怪我は?」
「……」
ぽつりと呟いた乱菊は、まるで頭から血を被ったように、綺麗な明るい色の髪を、血で赤黒く汚している。
髪だけじゃない、どこもかしこも血に濡れていて、これではどこかに重傷を負っていても見た目でわからないから、確認するために一歩近付いたら。
「………っ」
私の名前を呼びながら、真っ赤に濡れて居た頬に、涙が幾筋も流れ落ちていく。
--- 己の隊の、隊長と副隊長をほぼ同時に失ったのだ。
身体よりも、心の方が、ずっと傷付いているんだね。
乱菊は私よりも背が高いから、すっぽり抱き締める事はできないのが悔しいけど、出来る限り手を伸ばして、その身体を抱きしめる。
「……っ」
「……乱菊」
「…っ」
「…がんばったね、乱菊」
頭から被っている、その血からは虚の匂いがする。大虚はともかく、大虚を呼び出してしまった他の数百の虚を、きっと誰よりも滅却したんだろう。それにあの結界。十番隊の隊長と副隊長に次いで、最高位の三席の乱菊が、生き残った下位の隊員達を護らなければと、必死になって気を張っていたのだと、わかる。
私が声を掛けるまで、ちゃんと泣く事も出来なかったような姿が、凄く悲しかった。
でも今は、私が居るから。
もう、思いきり泣いて良いんだよと言う変わりに、柔らかく抱きしめる。
乱菊を抱きしめながら、生き残った隊員達へも、『がんばったね』『もう大丈夫』と伝える為に、涙を堪えたまま、微笑んで見せた。
古参の死神として、どんな風にすれば皆が安心するのか、肌で知っている。
己より上位の死神が『ここはもう大丈夫』と言うように微笑んで立っている姿を見れば、窮地に陥った隊員達は『もう大丈夫なんだ』と感じて安堵する。そうしてやっと、張り詰めていた心を溶かす。
私は、その為にならいくらでも涙を堪えよう。
いよいよ激しくなった嗚咽を聞きながら、私は乱菊の背を撫で続けた。
泣いて良いんだよ。
誰かを思って流す涙は、悪い事なんかじゃない。
そうして、落ち着いたら、帰ろう。
誰ひとり、欠けることなく。
私が、護るからね。
その後は、何事もなく尸魂界に戻れて。
四番隊に十番隊の治療を任せ、任務の結果報告を終えた後、自宅へと帰宅する。
大虚相手だと事前に判っていたから、あらかじめ薬を飲んでおいた。おかげで卍解しても『病』の症状は出ていないけど、なんとなく身体がだるい。
瀞霊廷の中でも緑の濃い、隠れ家のような自宅に着けば、死覇装のまま畳の上に、寝転がって深呼吸をする。一度止めてしまった涙はなかなか出て来ないけれど、たぶん、夜にはこっそり泣けるだろう。
「……そういえば、薬がもうそろそろ無くなりそう」
また喜助に薬の使い過ぎだと怒られるかな、と思って苦笑する。
私が『病』に掛かっている事を、春水や十四郎や皆に内緒にしてもらっている喜助には、ちょっと頭があがらない。
まぁ、私は私で喜助の色々を知っているからお違い様だし。
どんなに喜助が怒っても、手に入れた力で、助けられる人が居ると判っているのに、見捨てる事なんて出来ないよ。
普段はなるべく大物を滅却する任務に就かないように気をつけていても、ああいう緊急時には、ためらいもなく行ってしまう。
……ためらう事なんて、できないよね。
後悔はしていない。
大事な人を、大事にできるだけの強さを、手に入れた事に後悔なんてしようがない。
春水と十四郎の霊圧が、それぞれの隊舎からこちらへと向かって来ているのを感じて目を閉じる。
きっと、緊急の救援任務に出たのが、伝わったんだろう。
心配かけちゃったのかな。
ぼんやりとそんな事を思っていたら、あっという間に二人の霊圧は、ほぼ同時にこの家に着いていた。
「瞬歩まで使って……、そんなに慌てて来なくても、私は怪我を負っていないのに」
目を開けて、上半身だけ身を起こしながら、囁くようにぼやいた次の瞬間、勢い良くふすまを開け放って、十四郎が部屋に飛び込んで来た。その後ろからは春水の霊圧も感じて。
「! 無事か?!」
って、いきなり抱きつかないでーっ!
「待った! 待ってってば! どこにも怪我なんてしてないから! ちょっ、春水も見てないで、十四郎を止めてよ!」
十四郎は骨張った手で私の襟元をがっしりと掴んで、思いっきり私の肌を露にして、傷があるかどうか確認しようとして。
いくら付き合っているからって、いきなり諸肌脱ぎって言うのは恥ずかしすぎるから!
頬がかすかに染まるのを自覚しつつ、十四郎の後から部屋に入って来た春水に、慌てて助けを求めたのに。
「や、この件に関しては、ボクは浮竹の味方だからね」
さらっと見捨てられてしまった……。
その物言いにがっくりと脱力して、もうどうでもいいやとばかりに、十四郎の好きにさせる。
大きな身体を屈めて、真剣な表情で私の四肢を見遣る十四郎は、凄く心配してるんだなぁと良く判るから、力づくで抵抗しようなんて思えないし……うん、もう、仕方ない。
「……どこにも怪我はないようだな」
袴を太股近くまでめくって全部調べた後、そう呟いた十四郎はふぅっと大きく溜め息を吐く。
私の方が溜め息を吐きたいよ。
納得してくれたようで、良かったけど。
「それは良かった。烈ちゃんの言った通り、は無傷なんだね」
…ちょっと待って。
春水が言った言葉に、私も十四郎も固まった。
「京楽、お前、卯の花がを無傷だと、そう言ってたのを知っていたなら、何でそれを俺に教えないんだ!」
「ボクも烈ちゃんの言葉だけじゃなくて、実際に見て無事かどうか確かめたかったからねぇ。お前さんを止める訳ないじゃない」
飄々と笑う春水は、十四郎の手に掛かって盛大に着物を崩されて諸肌露にされた私と、そんな私の状態に今更のように気が付いて顔を真っ赤にさせる十四郎を見ながら、あっさりと言う。
「知っていながら止めないなんて、心配性すぎだよ、春水……」
おまけにちょっと意地悪だ。
あーあー、十四郎ってば、ちょっと、気の毒になるくらい真っ赤になっちゃって。
「うん、ごめんねぇ」
「……後で覚えていろ、京楽」
クツクツと笑う春水を、十四郎は思いっきり睨み付ける。私はそんな二人を見ながら、どうしようもないなぁと笑えてしまった。
笑って、笑って。
涙が、溢れてきた。
あぁ…もうっ、心配掛けないように、ひとり、自宅で思いっきり、泣こうと思っていたのに。
「……?」
そのまま涙を止めれない私を見て、十四郎が凄く驚いた顔になる。
「爺さんが亡くなったのは、悲しいね」
春水が、そう言いながら腰を下ろして、私を柔らかく抱き締めて囁いた。
その言葉を聞いた十四郎が、私の横で息を飲む。私はそれで漸く、十四郎は任務の結果を知らないまま此処に来て、春水は結果を知ってから来たんだなぁって、察する事ができた。
この分だと春水には、ひとりで泣こうとしていたの、筒抜けだったかもしれない。
私が、あの人と親しくしていた事を、ふたりは知っている。
「……最期まで、笑顔だったよ。精一杯やった結果だって言って、笑っていたの」
「爺さんらしいね」
「……あの人は、元柳斎先生に次いで胆が座った方だったからな」
「うん。……心が、強い人だったよ……っ」
涙声で話していた私の目元に、春水から口付けがひとつ。
十四郎からも、逆の目元に、口付けをひとつ。
優しさが、堪らなくて。
涙が、止まりそうにない。
そんな私を、春水は優しく抱き続け、十四郎は優しく背を撫で続けてくれた。
しばらくすると、涙が止まって、ホッと息を吐く。
「……ありがとう、春水、十四郎」
言いながら、ちょっと恥ずかしかった。泣くにしても、どうも私、子供みたいに泣いてしまうんだよね。
真央霊術院の頃から変わった事と言えば、少しの間は我慢できるようになっただけだ。
なんだか、情けないかも……。
そう思いつつ春水に抱きしめられたままだった私を、十四郎が嫉妬を滲ませた顔を見せながら、その腕の中に奪う。
十四郎の、むすっと拗ねた顔を見上げて、しまった、と思う。
「浮竹、大人気ないなぁ」
「煩い、俺だってを抱きしめたかったんだ」
相変わらずなんてストレートな物良いを……。
嬉しいけど恥ずかしいから!
「……でも、十四郎、私、もう泣き止んだんだけど……」
「……ダメか?」
うっ、そんな、愛眼動物みたいに上目遣いでお願いしないでよ。
断れなくて、困っている私と、十四郎の可愛らしい嫉妬を見た春水はクツクツと笑う。
「、浮竹の気が済むまで、もうちょっとそうしてあげれば?」
「……そうする」
春水の言葉に甘えて、私は十四郎の腕の中に落ち着く。これで以外と嫉妬深いのだ、十四郎は。こうしておかないと後が怖い。
やれやれ、と微笑みながら、心が随分と、軽くなっているのを実感して、私はそっと目を閉じる。
情けないけど、でもやっぱり、ひとりで泣かなくて良かった。
ふたりが居てくれて、良かった。
私の事を想って、すぐに私の元へ来てくれた事には、どれだけ感謝してもし足りないだろう。
目を開けて、微笑んで、ふたりそれぞれに感謝を込めて口付けながら、私は、幸せというものを、染み入るように、感じていた。
たとえどんなに血に濡れて、涙に濡れても。
ふたりの腕の中で、つらい気持ちは、溶けていくから。
