現世編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ

And tigers are getting hungry

 ヤバい。大ピンチ。
 学校帰りの平日に、馬芝中の黒崎一護の弟だからと、狙われるようになって数カ月、これほどのピンチはかつてなかった。
 実力差があり過ぎるので、まず俺が喧嘩を売ってくる不良に負けるなんて事はありえない。霊力をほとんど封じて居る状態でも、俺は元・護廷十三隊の隊長だ。戦いを生業にして千余年、上手く勝つ方法も上手く負ける方法もお手のもの。
 まぁ、だから、とりあえず殴らせておいて、でもしっかり勝利しておくのが日課になってたんだ。あんまり人間離れした実力で勝って変な噂を流されたら困るし、わざと殴られたとしても喜助印の傷薬を塗ればさくさく治るし、家族に気取られる心配もないから安心して。
 そう、安心して盛大に殴られて、その返礼をしっかりやって、勝利したのがつい先程。

 路地裏で地に伏した不良生徒3人と、傷だらけの俺を、チャドは無言で見下ろしていた。

 何でこんな所に居るんだよ?!
 つーか今のチャドは霊圧ぜんぜんないから気配が分かり難すぎるっ。これが一護なら速攻で分かるから、見つかる前に瞬歩で去る事だって出来たのに……!!!
 何と言っても誤魔化しようのない状況に、弱り切ってしまう。
 マジで大ピンチ。
 思わず、へらりと笑う。
 春水の誤魔化し方を参考にしたんだけど、あんまり効果がなかった。

「うっわ?!! オイ待てって、チャド! 俺は歩けるって!」
 大股の一歩で近付いたと思ったら、俺の身体を軽々と持ち上げて、その背に背負おうとする。いわゆる『おんぶ』の状態だ。
 ガキかよ俺は……!
 俺の制止を無視したまま、チャドは大股で歩き出す。
「もし挫いていたら、駄目だろう」
「大丈夫だって!」
、そんな傷だらけの格好で言われても、聞けない」
「……だって」
 額を切ったせいで盛大に血が流れているけど、傷そのものは浅い。
 他の傷も大した事はないものばかりで。
 本当に、大丈夫なんだけど。
「心配するし、さっき見た時は、吃驚した」
「…………ごめん」
 背負われているから、チャドの顔はまったく見えないんだけど、凄く心配を掛けたのはわかる。……だからこそ、一護やチャドに言わなかったんだけど。

「チャド、あのさ……一護には内緒にしといて」
「……ム」
「心配掛けたくないし、頼むよ」
「別に良いが……俺が言わなくても、その傷を見たらバレると思うぞ」
 あ。
 ぎゃー、そうだよ、チャドに見られたんだから喜助の傷薬ですぐに治したら不自然じゃないか。
 つまり、普通の治癒速度で治さないと不味くて、そうなると必然的に遊子や夏梨にもバレるって事で。
 がっくりと項垂れる俺の気配を感じたのか、チャドは少し苦笑したみたいだった。









 バレると分かっていても、血まみれで帰宅するのはさすがに嫌だったので、チャドに頼んで俺の家じゃなくてチャドの家に寄ってもらって、そこで治療する事になる。
 治療って言っても、傷を洗って消毒薬をつけて絆創膏を貼るだけだけど。
 着いた家は昔懐かしい感じのアパートで、チャドはまだ中学生なのにもう一人暮らしをせざるを得ない境遇なのだと改めて実感した。両親も亡くなって、じいちゃんも亡くなって、ひとりの家でひとりだけの食事を作ったり掃除したりしてるんだろうなって。それは、とても切ない予想だった。
 俺の家が騒がしいほど賑やかなせいか、尚更にそう感じてしまう。

「うわ、なんでこんなに少ないんだ?」
 チャドの部屋に入ってからやっと畳の上に下ろしてもらって、出してもらった救急箱の中身が半分も埋まっていなくてビックリする。
「スマン、俺自身があまり怪我をしないから、薬や治療道具を揃えるのをつい忘れてしまって」
 すっげ納得した。さすが鋼鉄の身体だ。
「謝らないで良いよ。今の俺の怪我ならここにある物で充分足りるし、それで凄い助かるんだから」
「そうか、良かった」
 ホッとした顔。優しい性格なんだなぁと思いつつも、俺はちょっと顔をしかめる。
「でもさ、チャドが怪我した時に、これじゃ足りなくなる時がくるかもしれないだろ」
「……ム」
「それは、良くないよ。救急箱の中身は、もっと揃えておいた方が良い。チャドは俺よりもよっぽど喧嘩売られていそうだから、心配だ」
 そう話した俺に、変わらず「ム」と言うだけできちんと応えない。
「チャド、こら、ちゃんと薬とか揃えておけよ。丈夫な身体だって言ったって、破傷風とか中身を壊すもんだってあるんだから」
「……は優しいな」
「は? 別に当たり前の事を言っただけだろう」
「………………優しい」
「待て、今なんか色々と端折ったな」
「……治療、しないと」
 チャドは救急箱から傷薬を手に取って、さっくりと今の話題をスルーした。
「……無視かよ……」
 まぁ、チャドの事だから何考えてても良いけどさ。
 信頼できるっていうか、安心するんだよな。
 たぶん、一護もそう思っているんだろう。
 チャドの言葉が足りなくてもかまわないんだ、ただ、全幅の信頼で背中を預けて居られる相手。

 ふと、春水と十四郎の姿を憶い描いてしまう。
 背中を安心して預ける事の出来る関係だった。
 ずっと一緒に居たけれど、『俺』は、もうあのふたりに背中を預けてもらえないだろう。

?!」
「……っ」
 うわ……サイアクッ、俺、泣いて……っ。
 慌てて制服の袖で目元を拭った。でも、止まらなくて、舌打ちする。
 あぁ、チャド、凄い驚いた顔してる。
「……なんでもねぇ……だいじょうぶ、だから」
 止まらないからもう拭うのを諦めて、そのままチャドを見上げて笑って言った。
 俺、馬鹿だよなぁって思う。
 一護が高校生になるのも、死神になるのも、あとほんの少しだ。そうしたら事体が目まぐるしく動き出す。そうしたら俺が尸魂界へ行く可能性がぐっと高まる。それまで僅かな時間だ、一年なんて千余年に比べたらあっという間だ。それなのに、そのたった一年や、たった一日が、あのふたりが側に居ないってだけで、時々、こんなにも。
 苦しい。

 俺、本当に馬鹿だ。
 今の家族も、今の友達も、大事なはずなのに、大好きだと思えるほど良い人達に恵まれているのに、それだけじゃ足りないなんて、それだけじゃ、嫌だと思うなんて。
 苦しい、なんて。

「……ごめん。いきなり泣いて、驚かせた」
 深く息を吐いて、唇をぎゅっと結んで、もう一度息を吐いて、やっと涙を止める事が出来た。
 擦ったせいか、目元がヒリヒリする。
「……、傷が痛むのではないんだな? さっきの連中に何か言われた訳でも」
 そんな理由なら笑い飛ばせるんだけどな。
「違うよ、ちょっと……思い出し泣き。傷は大して痛くない」
「ム」
「……本当だって。とりあえず、治療しよっか」
 額を切ったせいで大量に出た血は、すでに渇いて肌を引き攣らせている。さすがに気持ちの良いモノじゃない。濡れたタオルか何かで拭わないと駄目だろう。
 俺の様子をどう受けとめたのか、チャドはそれから俺の頭を撫でて、その後は黙々と俺の治療に付き合ってくれた。
 やっぱり、チャドは優しい。
 俺を優しいと言ってくれたけど、それはきっと、チャドの心が優しいからだ。
 当たり前の事を「優しさ」だと受けとめてくれる心は、凄く優しい。

 俺の治療を終えた後、チャドは頑として俺を背負って行くと言って聞かなかった。
 たぶん、とても心配をかけてしまったんだと思う。
 喧嘩して、怪我して、泣き出して。
 ……心配するなって方が無理か。
 申し訳ないと思いつつ、その日、俺はチャドに背負ってもらって帰宅した。
 帰宅した後の騒動は推して知るべし。
 なんで喧嘩したんだ?! て言われた時に、理由を誤魔化すのは一苦労だった。馬芝中の黒崎一護の弟だから喧嘩を売られ出したと一護にバレたら、一護はきっと傷つく。そんなのは嫌だ。
 一護は大事な家族で、夏梨も遊子も親父も大事で。
 本当に、良い家族なんだ。

 それでも、胸の奥、焼き付いた面影は消えないけれど。









 翌日、昼休みになってから学校の屋上で飯食ってるチャドに、昨日の御礼を渡しに行った。
 一護も一緒に飯を食ってるけど、一護に頼むんじゃなくて、やっぱ俺から渡すのが筋だと思うし。
 座り込んで食べている側へ歩いて行く。
「チャド、昨日の御礼に、これ受け取ってくれ」
「礼なら一護にも言われたぞ」
の気持ちだ。チャド、受け取ってやれよ」
 一護の助言もあって、チャドは俺の手から紙袋を受け取ってくれた。
 その中には、治療薬一式を詰め込んである。
 中身を見てとったチャドは、驚いたように目を見開いて、その後に微笑んだ。
「ありがとう、
「俺こそ、ありがとうな」
 ニッと笑って礼を言う。
「今日はも此処で昼飯にするんだろ?」
「うん。よろしく」
 学生の時って、学年の違いがかなり大きいから、仲が良くても学校では離れて過ごして居るんだけど、今日はまぁ特別って事で。
 そう思って座ったら、チャドが俺の腰に片腕を回してぐいっと引くから驚いた。抵抗するべきなのか分からなくて、引かれるままにチャドの横に座ってしまう。
 そんな俺達を見て一護も驚いたみたいで、ポカンと口を開けたすっげ間抜けな顔でこっちを見ている。

「……チャド、あのさ、どうかしたのか?」
「…………なんとなく」
「そっか」
 まだ何か心配かけてんのかなぁと納得して、チャドの腕の中に落ち着いた瞬間だった。
「待て待て待て! 何となくじゃねーだろッ、その格好を男子中学生同士でするのはあからさまにオカシイだろッ!!! もちょっとは抵抗しろ!」
 一護から思いっきりクレームが来た。
 男同士が変だって言うのはもっともだけど、男女でいきなりこの格好になったほうが不味いと思うんだけどな、セクハラっぽくて。
「俺は別にかまわないよ、嫌じゃないし。それにたしか、チャドって帰国子女なんだろ。スキンシップに慣れてるから過剰に触れあっちまうんじゃないか?」
「あのな、俺はそんな風にされた事ねぇから。どう考えてもそれは限定だ」
「……そう、なのか?」
「……ム」
 チャドは俺の問いに答えなかった。
 一護はいつもより眉間の皺を深くしたけど、俺がかまわないよと言った事もあって、それ以上強いクレームを言う事はなかった。

 それから時々、チャドは俺にそういうスキンシップをするようになる。
 やっぱ、目の前で泣いたのが不味かったのかな。
 それとも、俺の体格がチャドに比べてあんまり細かったり小さかったりするせいか、怪我した姿を見たせいなのか。
 チャドは俺を壊れ物みたいに大切にしようとする。
 思い返せば、腰を引く時も、背に背負う時も、力強い腕だった。けっして力任せにしなかった。
 その優しさは俺の心の弱いところを、じわりと温めてくれる。
 あたたかくて、春水と十四郎を思い出して、時々、脈力もなく泣いてしまう俺を、チャドがぎゅっと抱きしめてくれるようになったのは、チャドと一護が高校生になる前の、中学最後の冬からだった。
 一護はそれを見てやっぱ文句を付けたけど、俺が時々泣いているのに気が付いてからは文句をピタリと止めた。

「なんで、チャドは俺をあんなに甘やかすんだろう? 一護もかなり甘やかしてくれてるだろう?」
 不思議に思って、一護に相談してみたら、一護は渋い顔になった。
「……、お前、自覚なしかよ」
「わかんねぇから相談してんだよ!」
「まぁ……良いけどさ。甘やかされて良いんだよ、は」
「だから、なんで?」
「お前、なんかいつも背負って抱え込んで何も言わねぇだろ」
 息を、飲む。
「…………」
 言葉もない。それは、『私』が死ぬ前にもした事だった。
「そういうの見てると逆に甘やかしたくなるっつーか……、あー……上手く言えないけど、チャドもそうなんだよ、きっと」
「……優し過ぎるって、一護も、チャドも」
「それで良いんだよ、には」

 本当に、優しすぎる。

 息が白くなるほどの寒さの中で、優しさが染みた。
 一護が高校に入学する春は、もうすぐそこに来ていた。

END: And tigers are getting hungry

This fan fiction by ぞら
初出: 2006年2月14日

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