現世編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ
long for a sight of the two
下校途中、まだ肌寒い風が吹いていても桜の蕾が赤くなり出したのに気が付く。
そういえば、もう息も白くならない。
春はもうすぐ、来るんだ。
先日、一護が中学を卒業したし、高校に入学する時には満開なんじゃねぇかな。
そう思ったのと、ほぼ同時だった。
「……ルキアの霊圧、だ」
現世への……空座町での駐在任務が始まったのを、知る。
ルキア、前よりちょっとだけ霊圧が強くなってる。海燕や『私』が死んだ後、つらくても、十四郎の下でがんばったんだなって、分かる。
「もうすぐ、か……」
これからの予感に、何とも言えない感慨を覚えた。
千余年前、吹き飛ばされてこの世界に来て、土の上に寝転がりながら双極を見上げた時、この世界が何処なのかを知った。けれど、あの時、こんな立場でこの時を迎える事になるなんて、思いもしなかった。
俺、かなり微妙な立場だよな。
ぼんやりと、白い雲が浮かぶ空を見上げて、思う。
千余年で培った死神の力があるのは明白だけど、今は人間として生きている。
卍解すると身体が壊れるって言う『病』が、完治したかどうかも、まだ分かっていない。
「……ホント、これからどーすんだ俺……」
生まれ変われた事は嬉しい。けれど、今の俺の立ち位置は微妙すぎて、また元のように『護廷十三隊の死神』にはなれないだろう。春水と十四郎に再会できても、ふたりの恋人に戻る事も、ふたりの側に居る事も出来ないだろう。
深く考えると、泣きそうだ。
「なに、浮かない顔して歩いているんですか? さん」
「……喜助……お前、霊圧消して近付くなよ」
力は鈍っていないから来る前に喜助だと判るけど、急に来られると心臓に悪い。
しかも瞬歩使ってただろう、今。
ビックリして、涙が引っ込んだ事にはホッとしながら、そのまま喜助を軽く睨んで見上げると、喜助はいつもの帽子で目元を隠しながら口元をゆるく開けて笑った。
「いやぁ、さんとは忍んでお会いしないと、一心さんに睨まれちゃいますから」
「はぁ? なんだよソレ、親父は俺と喜助の事は黙認してるだろ。俺だって親父と喜助の事は黙ってるし、それでどうしてそうなるんだ?」
「いやぁ、まぁ、ソレはソレ、コレはコレ、みたいな感じでして。こんな怪しい男が息子サンに近付くのを喜ぶ親御さんはいないでしょう?」
俺が『男子中学生』として歩いているから、喜助は俺のゆっくりとした歩調に合わせて歩く。
そうして、へらへらとした胡散臭い笑顔で話す姿に、思わず苦笑する。
「喜助、俺の前でお前自身を悪徳商人みたいに評した言い方しても、無駄だから。それこそ俺は喜助のアレコレを知っているんだぞ? 今更のように悪ぶっても、可愛いだけだって」
「可愛っ……」
喜助が絶句したのを見据えながら、俺はなるべく意地悪く見えるように、ニヤリと笑う。
「院生時代のヒゲのないつるつるお肌の頃とか〜、十二で悪名轟かせた癖に夜一や俺にはからっきし弱かった様子とか、ジン太や雨に教えてやっても良いんだぞ?」
「すみませんアタシが悪かったでス!」
即座に白旗をあげる姿に、クスクスと小声で笑う。
「わかれば良し。そんで、急に会いに来たのは何でなんだよ。……俺の『魂魄』の検査結果が出たのか?」
未だ『卍解すると身体が壊れる』のかどうか、の検査。
前々から喜助に『俺が中学3年になる前までに検査結果を教えて欲しい』と言ってあった。
今日がそうなのかと思って、なるべく平静を保った声を問えば、さっきとは違って妙に物静かな表情になった喜助がうっすらと笑っていた。
「イエ、全ての結果はさんが指定した期日に間に合いそうにないので、今日は検査の中間報告に。……でも、それだけじゃなくて」
「うん?」
「さん、ルキアさんが来る時期を見計らって、『中学3年になる前まで』って言われました?」
鋭い瞳でさらりと問い返す喜助に、内心で苦笑する。
俺がルキアの霊圧を察知できるように、喜助もルキアが現世に来たのを知ったのだろう。そして、その偶然にしては出来過ぎな偶然に、疑問を抱いたのだろう。俺が『崩玉』の在り処を知っている事を喜助も知っているし、おまけに『崩玉』を作った事で俺と喜助はちょっとした諍いを起こしていた。だから、喜助に色々と思う事があっても仕方ない。
けど。
「ちょっと穿ち過ぎだぞ、喜助。俺がルキアが来る時期を知っていて見計らったって言うんなら、『中学2年の2月までに』って言ってるし、そもそも俺はもう、護廷十三隊の任務を知る立場じゃないんだ」
「えぇ、そうっスよね……見計らったにしてはちょっとズレてますし……。あの、すみません。あんまりタイミング良く重なったので、思わず考えてしまって……疑うような事を言ってしまって。……さん、怒っちゃいました?」
猫背気味の背を増々丸めて、俺の機嫌を伺う姿が妙に情けなくて、微笑んでしまう。
「怒ってないよ。確かに凄いタイミングだから、そう思っても仕方ないって思う」
ホントは、ルキアが来る時期じゃなくてルキアと一護が出会う時期を見計らったからズレているのは当然だし、喜助の考えを躱す事が出来るだろうと思ったから『中学3年になる前まで』と言ったんだし。
「そう言っていただけてホッとしました。えぇと、それで……検査結果の中間報告なんスけど」
「……うん」
なるべく、声が震えないように気をつけた。
俺の事を治せなくて、喜助が悲しんでた事を知っている。結局『私』が死んでしまったと、泣いてくれたのを覚えている。
そんな喜助の前で、動揺したり悲しんだりするような声色を、ほんの少しでも出したくなかった。
喜助はゆっくりと話し出す。
「半分は、治っていました。さんの卍解って、2種類じゃないスか。片方は良いんスけど、もう片方はどうなのか、まだ、解明できてないんスよ。でも…今の時点で判る結果を見る限り、そっちは駄目かもしれません」
ふたつある内の、ひとつの卍解は良くても。
もう片方は、『病』のまま?
「……『輝暗闇』が拗ねるかもなぁ」
沈痛な顔で告げた喜助の気持ちをやわらげたくて、軽口を零す。
「……さん、こんな時に冗談は」
「悪ぃ。でも、喜助が思うほど、俺はつらくない。『死ぬ前』もそうだったけどさ、俺自身の出来る範囲の中で、どうやって生きるかって事の方が、大事だった。だから、今は、ひとつ出来る事が増えたって分かって、嬉しいって気持ちの方が、強いよ。調べてくれてありがとう、喜助」
『病』をまだ、抱えていても。
「今度は、死なないように気をつける」
「……ハイ」
これからの『未来』に挑むように、笑って言えば、喜助は、泣きそうな顔で頷いた。
ずっと外で話していたらちょっと咽が渇いてきたので、喜助に自販機のお茶(ホット)を買ってもらって、帰宅途中の公園で一緒にベンチに座って飲みながら、雑談を続ける。
浦原商店の中はジン太や雨やテッサイさんが居るから、こういう風にまったりと、ふたりだけで話すのは久々な感じだ。
「それにしても、何で『中学3年になる前まで』って言われたんです?」
あ、やっぱそのツッコミも来たか。
「妹の夏梨が、たぶん、もうそろそろ日常生活で虚に狙われるくらい霊圧が高くなると思うんだ。それを気を付けてやりたいから、これくらいまでに知りたかった」
前々から用意した言い訳をさらっと話して。
「あぁ、お兄さんの一護さんも、確か子どもの頃から狙われてましたよね」
「うん。親父が気を付けてたけど、母さんの事もあったし……やっぱどんなに強くてもタイミングとかさ、間に合わないって事もあるから、霊力をいつまでも封印し続ける訳にもいかないよなって思って」
「なるほど……。じゃあ、今かけている封印を一度全部解いて、片方の卍解は出来るように組み立て直した封印をかけ直したいって事っスか?」
「んー……でもそれだと、傍目には俺の霊力が急激に伸びた事になるだろ? この町、滅却師が居るせいなのか、隠密機動部隊の『虫』が割と居るし、あんま目立つ事はしたくないんだよなぁ」
「さん、やっぱり滅却師が居ること、気がついてましたか」
「もちろん。親父と時々電話してるし」
「へ?」
「だから、時々だけど事務的な電話してるんだよ、滅却師のヒトと親父。ふたりとも医者で、医院の規模は違うけど同じ町の中での医者の付き合いってヤツがあるみたいだから」
「……平和っスねぇ」
戦闘でもなく、ただ普通に付き合える日常をしみじみと感じたように、喜助は笑って言う。
俺もそれには同感だったから、頷きながら笑い返した。
ホント、平和なのが一番なんだけどな。
そんな日常が崩れる日が、近付いている。
迫る予感を呑み込むように、手にしたお茶も最後まで一気に飲み終えて。
「まぁとにかく、俺の霊力に急激な変化があれば、俺の周囲に居る霊圧を察知できる人達にも筒抜けになるだろ? だから、そんな風に変に勘ぐられないように、封印をかけ直したいんだ。あと、霊力を使っても周囲の霊的な存在にも下手な影響がでないようにもしたいな」
片方だけ使えるという卍解の力を考えながら、喜助に俺の希望を話すと、喜助は渋面になっていく。
「それ、結構大変そうっスよ……」
ぼやく声色に、俺は笑う。
そんな事を言っていても、きっと誰もが考え付かないような術式を組み立てるだろ?
「そうだけどさ、霊力を著しく抑え込むって事は『限定解除』の術式とか応用できそうじゃないか」
「あぁ、その手がありましたか。イケそうっスね、ソレ」
「だろ?」
喜助は俺の提案を受けて、まるでちょっと、悪戯を仕掛けるような顔でクスリと笑った。
喜助には、そういう顔が良く似合う。
泣きそうな顔なんて、させたくないし。
「頼むよ、喜助」
「ハイ、任せてください、さん」
無茶な頼み事をする俺に対して、喜助は任された事が嬉しいとばかりに笑う。
その顔からは、さっき泣きそうだった気配が完全に消え去っていて、俺は内心でホッと安堵した。
『封印』を掛け直すのは出来るだけ早めにと約束を交わし、ベンチから立ち上がって公園の前で別れ、かなり遅くなってしまった帰宅を急ぎながら、この町の中で閃くルキアの霊圧を感じつつ、深く溜め息を吐く。
『病』が完治していなかった事を嘆きはしない。
ただ、どちらの輝暗闇の卍解が出来て、出来ないのかが気に掛かった。
それによって、俺の戦闘パターンは大幅に変わるだろうし。
「……病が治っていない方の輝暗闇、めちゃくちゃ拗ねそうだ」
呟きながら、二重人格の斬魄刀の、それぞれの顔を思い描く。
……うわぁ。
どっちが拗ねてもすげー大変そうなんだけど!
「片方だけだなんて考えてなかったからなぁ……。なんて声掛ければいいんだか……」
たとえ、未来を知っていても、予測できない事が起こる。
この世界に来た時から、それはずっと、変わらない。
俺は此処で『生きて』いるのだと言う事。
「……『今度は、死なないように』……」
喜助が泣きそうになっていた言葉を、俺はもう一度、祈るように繰り返す。
俺が読んで知っている未来には、当然の事だけど、俺の生死なんて載っていない。
すべて、これからの俺次第だと言う事で。
「……それで、やっぱり、会うべきだよな……」
自宅が見えて来た辺りで、ぽつ、と呟く。
春水と十四郎と、元のような関係に戻れなくても。
あのふたりにもう一度、会うべきだ。
もちろん、凄く会いたいって気持ちもあるんだけど。
同時に、あのふたりに俺と言う存在を知らせないままで居る事は、凄く悪い事のような気がするんだ。
俺は『私』が死ぬ時に、あのふたりを泣かせたのを覚えている。
ふたりの涙を、覚えているから。
俺がこうして生きているって知らせる事で、ほんの少しでもあのふたりの慰めになるのなら、それで良いんじゃないかって、思えてきた。
元の関係に戻れないのは悲しいけど、俺のそんな気持ちよりも、春水と十四郎の気持ちの方が大切だ。俺がツライとか悲しいって言う気持ちを感じて泣きたくなっても、慰めてくれるような友達だって出来ている。再会してあんまり辛かったら、こっそりチャドの胸を借りれば良い。
それに、どんなに悲しくても、ふたりが俺に対して笑ってくれたら、なんかもう、それで充分なような気がしてきた。
喜助のおかげかなぁ。
さっき、喜助の笑った顔を見れて、すごく嬉しかったから。
春水と十四郎の、笑顔を見る度に、とても幸せな気持ちになっていた事も、思い出したんだ。
なんか、今更だけどさ。
俺、ふたりの事、すごく好きで。
ふたりの笑顔をもう一度見たいし、その笑顔ひとつだけで、他のすべての哀しみを、飲み込めるんじゃないかって、思ったんだ。
そういえば、もう息も白くならない。
春はもうすぐ、来るんだ。
先日、一護が中学を卒業したし、高校に入学する時には満開なんじゃねぇかな。
そう思ったのと、ほぼ同時だった。
「……ルキアの霊圧、だ」
現世への……空座町での駐在任務が始まったのを、知る。
ルキア、前よりちょっとだけ霊圧が強くなってる。海燕や『私』が死んだ後、つらくても、十四郎の下でがんばったんだなって、分かる。
「もうすぐ、か……」
これからの予感に、何とも言えない感慨を覚えた。
千余年前、吹き飛ばされてこの世界に来て、土の上に寝転がりながら双極を見上げた時、この世界が何処なのかを知った。けれど、あの時、こんな立場でこの時を迎える事になるなんて、思いもしなかった。
俺、かなり微妙な立場だよな。
ぼんやりと、白い雲が浮かぶ空を見上げて、思う。
千余年で培った死神の力があるのは明白だけど、今は人間として生きている。
卍解すると身体が壊れるって言う『病』が、完治したかどうかも、まだ分かっていない。
「……ホント、これからどーすんだ俺……」
生まれ変われた事は嬉しい。けれど、今の俺の立ち位置は微妙すぎて、また元のように『護廷十三隊の死神』にはなれないだろう。春水と十四郎に再会できても、ふたりの恋人に戻る事も、ふたりの側に居る事も出来ないだろう。
深く考えると、泣きそうだ。
「なに、浮かない顔して歩いているんですか? さん」
「……喜助……お前、霊圧消して近付くなよ」
力は鈍っていないから来る前に喜助だと判るけど、急に来られると心臓に悪い。
しかも瞬歩使ってただろう、今。
ビックリして、涙が引っ込んだ事にはホッとしながら、そのまま喜助を軽く睨んで見上げると、喜助はいつもの帽子で目元を隠しながら口元をゆるく開けて笑った。
「いやぁ、さんとは忍んでお会いしないと、一心さんに睨まれちゃいますから」
「はぁ? なんだよソレ、親父は俺と喜助の事は黙認してるだろ。俺だって親父と喜助の事は黙ってるし、それでどうしてそうなるんだ?」
「いやぁ、まぁ、ソレはソレ、コレはコレ、みたいな感じでして。こんな怪しい男が息子サンに近付くのを喜ぶ親御さんはいないでしょう?」
俺が『男子中学生』として歩いているから、喜助は俺のゆっくりとした歩調に合わせて歩く。
そうして、へらへらとした胡散臭い笑顔で話す姿に、思わず苦笑する。
「喜助、俺の前でお前自身を悪徳商人みたいに評した言い方しても、無駄だから。それこそ俺は喜助のアレコレを知っているんだぞ? 今更のように悪ぶっても、可愛いだけだって」
「可愛っ……」
喜助が絶句したのを見据えながら、俺はなるべく意地悪く見えるように、ニヤリと笑う。
「院生時代のヒゲのないつるつるお肌の頃とか〜、十二で悪名轟かせた癖に夜一や俺にはからっきし弱かった様子とか、ジン太や雨に教えてやっても良いんだぞ?」
「すみませんアタシが悪かったでス!」
即座に白旗をあげる姿に、クスクスと小声で笑う。
「わかれば良し。そんで、急に会いに来たのは何でなんだよ。……俺の『魂魄』の検査結果が出たのか?」
未だ『卍解すると身体が壊れる』のかどうか、の検査。
前々から喜助に『俺が中学3年になる前までに検査結果を教えて欲しい』と言ってあった。
今日がそうなのかと思って、なるべく平静を保った声を問えば、さっきとは違って妙に物静かな表情になった喜助がうっすらと笑っていた。
「イエ、全ての結果はさんが指定した期日に間に合いそうにないので、今日は検査の中間報告に。……でも、それだけじゃなくて」
「うん?」
「さん、ルキアさんが来る時期を見計らって、『中学3年になる前まで』って言われました?」
鋭い瞳でさらりと問い返す喜助に、内心で苦笑する。
俺がルキアの霊圧を察知できるように、喜助もルキアが現世に来たのを知ったのだろう。そして、その偶然にしては出来過ぎな偶然に、疑問を抱いたのだろう。俺が『崩玉』の在り処を知っている事を喜助も知っているし、おまけに『崩玉』を作った事で俺と喜助はちょっとした諍いを起こしていた。だから、喜助に色々と思う事があっても仕方ない。
けど。
「ちょっと穿ち過ぎだぞ、喜助。俺がルキアが来る時期を知っていて見計らったって言うんなら、『中学2年の2月までに』って言ってるし、そもそも俺はもう、護廷十三隊の任務を知る立場じゃないんだ」
「えぇ、そうっスよね……見計らったにしてはちょっとズレてますし……。あの、すみません。あんまりタイミング良く重なったので、思わず考えてしまって……疑うような事を言ってしまって。……さん、怒っちゃいました?」
猫背気味の背を増々丸めて、俺の機嫌を伺う姿が妙に情けなくて、微笑んでしまう。
「怒ってないよ。確かに凄いタイミングだから、そう思っても仕方ないって思う」
ホントは、ルキアが来る時期じゃなくてルキアと一護が出会う時期を見計らったからズレているのは当然だし、喜助の考えを躱す事が出来るだろうと思ったから『中学3年になる前まで』と言ったんだし。
「そう言っていただけてホッとしました。えぇと、それで……検査結果の中間報告なんスけど」
「……うん」
なるべく、声が震えないように気をつけた。
俺の事を治せなくて、喜助が悲しんでた事を知っている。結局『私』が死んでしまったと、泣いてくれたのを覚えている。
そんな喜助の前で、動揺したり悲しんだりするような声色を、ほんの少しでも出したくなかった。
喜助はゆっくりと話し出す。
「半分は、治っていました。さんの卍解って、2種類じゃないスか。片方は良いんスけど、もう片方はどうなのか、まだ、解明できてないんスよ。でも…今の時点で判る結果を見る限り、そっちは駄目かもしれません」
ふたつある内の、ひとつの卍解は良くても。
もう片方は、『病』のまま?
「……『輝暗闇』が拗ねるかもなぁ」
沈痛な顔で告げた喜助の気持ちをやわらげたくて、軽口を零す。
「……さん、こんな時に冗談は」
「悪ぃ。でも、喜助が思うほど、俺はつらくない。『死ぬ前』もそうだったけどさ、俺自身の出来る範囲の中で、どうやって生きるかって事の方が、大事だった。だから、今は、ひとつ出来る事が増えたって分かって、嬉しいって気持ちの方が、強いよ。調べてくれてありがとう、喜助」
『病』をまだ、抱えていても。
「今度は、死なないように気をつける」
「……ハイ」
これからの『未来』に挑むように、笑って言えば、喜助は、泣きそうな顔で頷いた。
ずっと外で話していたらちょっと咽が渇いてきたので、喜助に自販機のお茶(ホット)を買ってもらって、帰宅途中の公園で一緒にベンチに座って飲みながら、雑談を続ける。
浦原商店の中はジン太や雨やテッサイさんが居るから、こういう風にまったりと、ふたりだけで話すのは久々な感じだ。
「それにしても、何で『中学3年になる前まで』って言われたんです?」
あ、やっぱそのツッコミも来たか。
「妹の夏梨が、たぶん、もうそろそろ日常生活で虚に狙われるくらい霊圧が高くなると思うんだ。それを気を付けてやりたいから、これくらいまでに知りたかった」
前々から用意した言い訳をさらっと話して。
「あぁ、お兄さんの一護さんも、確か子どもの頃から狙われてましたよね」
「うん。親父が気を付けてたけど、母さんの事もあったし……やっぱどんなに強くてもタイミングとかさ、間に合わないって事もあるから、霊力をいつまでも封印し続ける訳にもいかないよなって思って」
「なるほど……。じゃあ、今かけている封印を一度全部解いて、片方の卍解は出来るように組み立て直した封印をかけ直したいって事っスか?」
「んー……でもそれだと、傍目には俺の霊力が急激に伸びた事になるだろ? この町、滅却師が居るせいなのか、隠密機動部隊の『虫』が割と居るし、あんま目立つ事はしたくないんだよなぁ」
「さん、やっぱり滅却師が居ること、気がついてましたか」
「もちろん。親父と時々電話してるし」
「へ?」
「だから、時々だけど事務的な電話してるんだよ、滅却師のヒトと親父。ふたりとも医者で、医院の規模は違うけど同じ町の中での医者の付き合いってヤツがあるみたいだから」
「……平和っスねぇ」
戦闘でもなく、ただ普通に付き合える日常をしみじみと感じたように、喜助は笑って言う。
俺もそれには同感だったから、頷きながら笑い返した。
ホント、平和なのが一番なんだけどな。
そんな日常が崩れる日が、近付いている。
迫る予感を呑み込むように、手にしたお茶も最後まで一気に飲み終えて。
「まぁとにかく、俺の霊力に急激な変化があれば、俺の周囲に居る霊圧を察知できる人達にも筒抜けになるだろ? だから、そんな風に変に勘ぐられないように、封印をかけ直したいんだ。あと、霊力を使っても周囲の霊的な存在にも下手な影響がでないようにもしたいな」
片方だけ使えるという卍解の力を考えながら、喜助に俺の希望を話すと、喜助は渋面になっていく。
「それ、結構大変そうっスよ……」
ぼやく声色に、俺は笑う。
そんな事を言っていても、きっと誰もが考え付かないような術式を組み立てるだろ?
「そうだけどさ、霊力を著しく抑え込むって事は『限定解除』の術式とか応用できそうじゃないか」
「あぁ、その手がありましたか。イケそうっスね、ソレ」
「だろ?」
喜助は俺の提案を受けて、まるでちょっと、悪戯を仕掛けるような顔でクスリと笑った。
喜助には、そういう顔が良く似合う。
泣きそうな顔なんて、させたくないし。
「頼むよ、喜助」
「ハイ、任せてください、さん」
無茶な頼み事をする俺に対して、喜助は任された事が嬉しいとばかりに笑う。
その顔からは、さっき泣きそうだった気配が完全に消え去っていて、俺は内心でホッと安堵した。
『封印』を掛け直すのは出来るだけ早めにと約束を交わし、ベンチから立ち上がって公園の前で別れ、かなり遅くなってしまった帰宅を急ぎながら、この町の中で閃くルキアの霊圧を感じつつ、深く溜め息を吐く。
『病』が完治していなかった事を嘆きはしない。
ただ、どちらの輝暗闇の卍解が出来て、出来ないのかが気に掛かった。
それによって、俺の戦闘パターンは大幅に変わるだろうし。
「……病が治っていない方の輝暗闇、めちゃくちゃ拗ねそうだ」
呟きながら、二重人格の斬魄刀の、それぞれの顔を思い描く。
……うわぁ。
どっちが拗ねてもすげー大変そうなんだけど!
「片方だけだなんて考えてなかったからなぁ……。なんて声掛ければいいんだか……」
たとえ、未来を知っていても、予測できない事が起こる。
この世界に来た時から、それはずっと、変わらない。
俺は此処で『生きて』いるのだと言う事。
「……『今度は、死なないように』……」
喜助が泣きそうになっていた言葉を、俺はもう一度、祈るように繰り返す。
俺が読んで知っている未来には、当然の事だけど、俺の生死なんて載っていない。
すべて、これからの俺次第だと言う事で。
「……それで、やっぱり、会うべきだよな……」
自宅が見えて来た辺りで、ぽつ、と呟く。
春水と十四郎と、元のような関係に戻れなくても。
あのふたりにもう一度、会うべきだ。
もちろん、凄く会いたいって気持ちもあるんだけど。
同時に、あのふたりに俺と言う存在を知らせないままで居る事は、凄く悪い事のような気がするんだ。
俺は『私』が死ぬ時に、あのふたりを泣かせたのを覚えている。
ふたりの涙を、覚えているから。
俺がこうして生きているって知らせる事で、ほんの少しでもあのふたりの慰めになるのなら、それで良いんじゃないかって、思えてきた。
元の関係に戻れないのは悲しいけど、俺のそんな気持ちよりも、春水と十四郎の気持ちの方が大切だ。俺がツライとか悲しいって言う気持ちを感じて泣きたくなっても、慰めてくれるような友達だって出来ている。再会してあんまり辛かったら、こっそりチャドの胸を借りれば良い。
それに、どんなに悲しくても、ふたりが俺に対して笑ってくれたら、なんかもう、それで充分なような気がしてきた。
喜助のおかげかなぁ。
さっき、喜助の笑った顔を見れて、すごく嬉しかったから。
春水と十四郎の、笑顔を見る度に、とても幸せな気持ちになっていた事も、思い出したんだ。
なんか、今更だけどさ。
俺、ふたりの事、すごく好きで。
ふたりの笑顔をもう一度見たいし、その笑顔ひとつだけで、他のすべての哀しみを、飲み込めるんじゃないかって、思ったんだ。
