番外編:絵巻 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ

穏やかで静かな背

流転編 視点:松本乱菊

 なんて美しい背中なの。

 空は鈍色の曇天、地には赤い血、周囲の木々の緑さえくすんで見える中、降り立った死覇装を纏うそのほっそりとした立ち姿はとても頼もしく映った。
 鮮やかに溢れ出す、青と金の霊圧の巨大さに、息も意識もなにもかも奪われたように、視線が吸い寄せられていく。
副隊長だ……!」
 背後から、期待に震えた声で歓声のように叫ぶ隊員たちの声は、涙声だった。
 が来るまで、声もなく震えていたのが嘘のようじゃない。
 息を吹き返したように生気をみなぎらせる部下を思って、結界の強さを増していく。大丈夫、助かる、そんな風にわずかでも希望が見えてきた事がありがたい。
 嗚呼、それにしても。

 戦う姿が、こんなにも美しい人だったのかと、思う。

 その斬魄刀の名を呼んだ瞬間に生まれる碧とも藍とも見える組み紐が、猛る力を戒めるように鞘と柄のすべてに巻き付いていく。ゆるやかに舞っていた組み紐が、柄と鞘の間でピンッと張った後にぶつりと途切れ、宙に舞う最後の一糸まで斬魄刀の鞘と柄に巻き付いていけば、黒金(くろがね)だった柄と鞘は鮮やかな《 空 》に成る。
 藍染隊長や京楽隊長から聞いたとおりの、その美しさ。

 所属する隊が違うから、合同演習や合同任務にもならない限り、が戦う姿を見る事はない。
 今まで何度か一番隊との合同演習はあったけど、に指導を願う人が居なくて、の戦う姿を見た事がなかった。
 は身分にこだわらない人だ。貴族でも流魂街出身でも、分け隔てなく接する。
 だから、あたしだって指導を願えばと剣を交える事も可能だろうけど、副隊長という職務上とても多忙に見えるの時間を拘束するのは気が引けるし、稀に重なる貴重な休日には、普通にショッピングとか、楽しく女同士で出来る事を優先しがちで、剣術指導を頼んだ事はなくて。
 あたし、今までがまともに戦う姿を見た事がなかったんだわ。
 なんかそれって物凄く、勿体無い事のような気がしてきた。
 十一番隊の隊員なら、あの更木隊長と剣を交えているというの姿を見る事もあるんでしょうけど……というかに指導を願う人が少ないのって、あの更木隊長の相手が出来るくらいの腕前だって言う事実に尻込みしちゃう隊員が多いからなんだろうけど……。

「きれい……」

 の姿を見つめながら、陶然と呟いたのは、あたしの声なのか、他の隊員の声なのか、よく分からない。
 心が、奪われていく。
 悲しみまで、麻痺したように。
 ほんのひととき、心を押しつぶすような悲しみさえ奪われるほど、あたし達は、の姿に魅せられていた。

 けれど、が戦い終えて、あたし達は助かったのだと実感した途端に、悲しみが胸に迫る。
 乱菊って囁いて、すごく優しく微笑むから。
 涙が、止めどなく溢れだして。
 に抱きしめてもらいながら、泣けるだけ泣いて。
 いつの間にか、あの背中を忘れてしまったのだ。





 それを、思い出したのは、瀞霊廷に帰還して数日後、中央四十六室から『護廷十三隊、十番隊隊長に、を』という辞令が下されたからだった。
 生き残ったあたし達は、の後ろ姿を思い出すと同時に、これ以上ないくらいの感謝の気持ちでその辞令を受けとめていた。

 次の隊長が、で良かった。

 あの窮地から救い出してくれて、あの悲しみを共有した
 その以外の誰を新しい隊長にしろと言われても、きっと駄目だったと思う。
 じゃなければ、駄目だったわ。
 他の隊員も、どこかホッとしたように、やっと笑えるようになってきて。
 そうしてあたしは、あたし達は、あの背中に白い隊長羽織が纏われる日までの、わずか数日を、今か今かと待ち焦がれるようになっていた。

 その背中もきっと、美しいのだろうと、予想しながら。


END

This fan fiction by ぞら
初出: 2006年8月21日

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