邂逅編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ
from scratch 01
私は地面に横たわっている。ざらついた砂も混じった、硬い大地の上に仰向けに寝て、空を見上げている。
その空に、見た事のあるものがそびえ立っている。
否、実際に目にするのはこれが始めてだけれど、私はそれを知っていて、その有り得なさに涙がでてきそうだった。
「双極……だよね」
青空を切り裂いていくような、あの矛がある。
今までは、漫画の中の事だったのに。
「……っ」
本気で泣きそうになった。硬い地面の感触に、これが現実だと認めるしかなくて、いきなり怖くなって、私は固く目を閉じた。そうして、さっきまでのやり取りを思い出す。
ついさっきまで、学生の時の修学旅行や卒業旅行、新婚旅行の時に見たような、満天の星の輝きに満ちた暗闇のなかに、私は立っていた。
「うわぁっ、きれーだなぁ」
頭上だけではなく、足元も『夜空』だったから、夢だと思ってはしゃいでいたら、急に、その人は『出現』した。
きれいな、男の人だった。
「。はじめまして」
「は、はじめまして……?」
どうして、私の名前を知っているの。
「いきなりでごめんね。でも時間がないから、許して欲しい」
「あの……?」
「君はさっき、交通事故に巻き込まれた、君の赤ちゃんと一緒に」
「?!」
そうだ。私は……っ
「あの子は?!」
「まだ、生きてる」
「まだ……?」
「うん。君も、まだ、生きている状態」
「私も……」
では、親子揃って死にかけているのだ。
不思議と、その人の言葉は無条件で信じる事ができた。信じたからこそ、血の気が引いていくのもわかった。
私の顔色を見てとったのか、その人はとても悲しそうにうつむいた。
「僕が君たちの命をかろうじてつなぎ止めてる。僕はね、君の守護霊みたいなものだから、君を助けたいと思っている。でも力が足りない。僕が命の流れを変えるほどの力を行使すると、代償が伴ってしまう。だから、君の気持ちを知りたくて、君に僕の所まで会いにきてもらったんだ」
「私の気持ち?」
「結論から言うと、僕が助けられるのは、ひとりだけだ。そして、その反動で助からなかったほうの魂が、吹き飛ばされると予想している。……吹き飛ばされてどうなるのか、僕にもわからない」
それで、どうしよう? と、恐る恐るその人は私を見つめた。
そんなの、決まっているのに。
お見合いで知り合った旦那様は、不器用ながらも私を宝物のように大切にしてくれて、そうして授かった赤ちゃんは、どうしようもないくらい愛しかった。生れたばかりの赤ちゃんを見て、とっても嬉しそうに笑った両親の顔や、旦那様の顔を、私は一生誇りにしようと思った。だから。
「赤ちゃんを助けて」
「……それでいいの?」
「お母さんだもの、私」
あんまり悲しそうな顔をするから笑って言ったら、その人は増々悲しそうな顔になって頷いた。
やさしいんだね。
ありがとう、と伝える前に、意識が暗転したのが最後だった。
「つまり、これが、吹き飛ばされた結果……なのかな。たしかに此処も、死後の世界ではあるけれど……」
私は死んだのだと実感しながら、涙を堪え切って、起き上がって、そびえたつ双極の矛に近付いた。
それを見上げて苦笑する。
「漫画の世界なのにね」
踏み締める地面も、肌にそよぐ風も、なにもかもがホンモノだ。
そうしてなんとなく、双極の矛にふれた瞬間。
「……えぇっ?!」
前触れもなく、双極が解放されていく。
「うそっ!私なんにもしてないよ?!!」
触れただけで!
というか、解放されたらキコウオウ(漢字が思い出せなかった)という鳥さんが出てくるんじゃ……!
私が慌てている間に、封印が完全に解けていく。
「……う……わ…………」
炎に包まれた鳥が、私の前に降り立つ。この鳥さんに貫かれたら、魂さえもなくなってしまうと知っているけど。
「すごい……綺麗」
圧倒される。なんて美しいんだろうと思った。
逃げ切れるものでもないだろうから、逃げるために走るのも馬鹿らしくなって、そこに立ったまま見つめていたら、鳥さんも見つめ返してきたような気がする。怖い気持ちもちょっとあったけど、瞳が、やさしそうに見えた。
「?」
鳥さんの首を差し出されて、戸惑う。
「……乗っていいの?」
応、というように瞳が細められた。
意外にフレンドリーだよ、キコウオウ。それとも私が死刑囚じゃないからかな?
触れてみても炎は私を傷つけなかった。むしろ暖かくてくすぐったい感じ。
「ふわふわだ……」
ちょっと羽毛布団を思い出す。
よじ登ってみると、目線がぐんと高くなる。
そして、私は眼前に拡がる景色を見下ろした。
「……本当に、瀞霊廷なんだなぁ……。鳥さんが居るから、原作の18巻より前なんだろうけど」
自分自身に確認するように呟いてから、ハタと気が付く。
「な、なんでいきなり瀞霊廷の中に居るの?!魂葬された魂って、まずは流魂街に集まるはず……あ、そうか吹き飛ばされて入っただけだから、魂葬はされていないって事? って、それじゃ私って旅禍になっちゃうの……?」
好きな漫画だったから、色々と思い出せたけど、そのどれもが現状を把握するための決定打に至らなかった。なにしろ情報が少なすぎる。
「とりあえず、旅禍だと思われて追われるのは嫌だな。できれば治安の良い流魂街で過ごせれたらいいんだけど……。瀞霊廷に近い方が治安が良かったはず……」
でも門番の目を盗んで、門をくぐれるんだろうか?
そこまで考えて限り無く不安になった。
そもそも、私の服装からして現代の洋装で、和服が主流だろうこの世界ではひどく目立つだろう。
「どうしよ……鳥さん、良かったら送ってくれませんか? ……って、えええ?!!!」
途方にくれて、無茶なお願いをしてみたら、キコウオウは私を乗せたまま飛び立った。いきなりだったから、その首に思いっきりしがみつく。振り落とされたら一大事だよ。
飛んだままのキコウオウの上で体を固定させて、安定してから地上を見下ろす。飛行機の窓や展望台から地上を見下ろしたみたいに、瀞霊廷がおもちゃのように小さく見えた。
「……藍染さんって、こういう目線で昇っていったんだ」
否、これから昇るのだろうけど。
「なんか、淋しいな。三人一緒だったけど、光でひとりひとり区切られていたし。ひとりきりで、こんな景色を見るなんて」
呟いたら、鳥さんが抗議するみたいに一声鳴いた。
「私は違うよ。キコウオウと一緒だから淋しくない」
それならいい、というように、また一声鳴いた。
瀞霊廷を文字どおり飛び出てから、鳥さんにすぐ近くの森に降りてもらった。
人の視線があるところに、鳥さんと一緒に降り立つのは不味いだろう。飛び立つ直前に見下ろした瀞霊廷の中で、キコウオウを見上げて追いかけようとしている死神達のシルエットを思い出す。
「送ってくれてありがとう。ここから頑張って生きてみるよ」
地面に降りてから鳥さんを見上げてお礼を言うと、今度は鳴かずに私の頬にすりよってくる。くすぐったくて笑ったら、私の笑い声に満足したように目を細めている。
やがて離れると、私から距離をとって飛び上がった。
飛び上がっていった時の風圧まであたたかくて、なんだか名残り惜しくて、私はしばらく其処に立ち尽くして、鳥さんが瀞霊廷に戻っていくのを見送った。
しばらくして、鳥さんのシルエットも完全に見えなくなった頃、人の気配がした。
誰かが、こちらの方に来る。
「……良い人だと、いいんだけど」
そうして彼が、私の前に現れた。
森の中を分け入って歩いてきたんだろう、髪の毛に葉っぱが引っ掛かっている。和服を着流し風に着た若い男性。その彼が、どう見ても『院生の頃の京楽春水』にしか見えなくて、私は息を飲む。
……何百年、否、何千年前なの?!此処……。
流魂街で暮らしていけると思っていた。はじめて会う人とだって、仲良くなろうって思っていた。でも、その人達が『日本』という概念さえない人達だったら……?
急激に、不安がよみがえる。
「……っ」
瞳に涙が浮かび、こぼれていくのを止められない。
「どうしたの?」
京楽さんが、私が泣いているのを見てとって尋ねてくる。優しい、初対面の人を気遣ってくれる声だった。この世界に来てから始めて聴いた言葉が、こんなに優しいなんて、酷すぎる。
涙が、止まらなくて。
「……ボク、何もしないよ」
「っ……ごめんなさい」
「ボク、君に何もされてないよ」
ちょっと戯けたように笑って、慰めてくれる心遣いがありがたかった。心が少し、軽くなっていくから、私もちょっと笑って、涙を拭った。
「私、現世で死んだばかりで、死んでから始めて人に会えたので……」
「あぁ……そうなんだ」
「はい。すみません本当に、いきなり泣いてしまって、驚かせてしまいました」
「謝る事なんてないよ。不安だったんでしょ?」
「えぇ……これからどうしようかと思って」
本当に、どうすればいいのか。
先行きの不安に、京楽さんと話しながら、顔が強張ってしまう。
「それじゃ、ボクの家に、来る?」
……。
「え?!」
「そんなに驚かなくても」
「驚きます!!!」
一瞬、頭の中が真っ白になったくらいだ。
「それで、駄目なのかな?」
「だ、駄目っていうか、ご迷惑なんじゃ……」
「ボクは歓迎するよ。たぶん、母上も。だから大丈夫」
お父さんとお兄さんの反応を言わないあたりに、家庭内での力関係が見えてくるのは気のせいだろうか。
逡巡は、一瞬だった。
「……お世話に、なりたいと思います」
「自己紹介がまだだったね。ボクは京楽春水」
やはり、と思う。
「私は、です」
「ちゃんか、これからよろしく。ボクの事は春水って呼んでくれていいから」
「わかりました。春水さんですね」
京楽さんの家にごやっかいになるのなら、名字でなく名前で呼ばないと不味いのは判る。
「呼び捨てで良いよ?」
「それなら私の事も、、と呼んでください」
「ちゃんじゃ、駄目?」
「年下の方からそう呼ばれるのは、気恥ずかしいですよ」
「……年上なの?」
「はい。私、生前は一児の母親だったんです」
「え?!」
「見えないですか? 顔立ちも童顔ではなく、年相応だと思うんですけど」
「……うん、ゴメン。ボクより年下で……真央霊術院に入学するくらいの年に見える」
それって何歳くらいなんだろう。高校生か、まさかとは思うけど中学生?
深く突っ込むとへこみそうだから、この件に関してはスルーすることにした。その代わり。
「真央霊術院って何ですか?」
内心、しらじらしいと思ったけど、こういう風に聞いた事にしておかないと、これからボロが出てしまう。
「死神になるための学校だよ。も魂葬されてこっちに来たろう? そういうお仕事をする人達」
息を、飲む。
「わ、私は……」
言ってしまっていいのだろうか? でも。
「私は、赤ちゃんと一緒に死にかけた時に、生死の選択を迫ってきた方がいました。そこは此処でもなく現世でもなく、ただただ満天の夜空のみの世界でした。私が赤ちゃんを助けて欲しいと告げたら、意識が暗転して此処にいました。私に選択を迫ってきた人は、赤ちゃんを助ける反動で私がどこかに吹き飛ばされると話していました。……そういう風に、ただ、言葉を交わしただけです。……そういうのが死神ですか?」
異世界から来たのだと、言葉にするには荒唐無稽で、言えなかった。でも何よりも、私の身の上に起こった出来事を、誰かに知って欲しくて、私は一気にそう話してしまった。
「……それ、誰にも言わない方が良い」
そう告げる声が、わずかに低くなっている。
「それは魂葬じゃない。そんな魂葬はありえない。……その事は、下手に話したらいけない事だと思って、秘密にしておいたほうが良い。普通の死神はね、斬魄刀という刀を所持している。それで魂葬をするんだよ。今度から誰かに聞かれたら、そういう風に話せば良い」
「……はい」
私が頷くと、安心したようにホッと息を吐かれた。
「なんか、って放って置けないよ。危なっかしすぎる」
「そうですか?」
「そうだよ。あ、それから敬語はなしで良いから」
「え、でも……初対面なのに」
「これから一緒に過ごすんだしさ、気軽にいこうよ」
「それもそうね」
「うん、じゃあ、行こうか」
差し伸べられた手が、まだ若々しい。その手をとりながら、ふと、疑問に思う。
「どうして、こんなに親切にしてくれるの?」
無償の善意?
あの漫画の中で知った『京楽隊長』は、たしかに優しそうだったけど。
私が答えを求めてジッと見上げると、春水はへらりと笑ってから答えた。
「放って置けないのもあるけど、実はに頼みたい事があるんだ。屋敷についたら話すよ。そんなに大変な事じゃないから心配しないで」
「ふうん?」
ただ御厄介になるより、何かできる事があるのならそれでいいかもしれない。少なくともそれがある間は、一緒にいられるのだろう。
その空に、見た事のあるものがそびえ立っている。
否、実際に目にするのはこれが始めてだけれど、私はそれを知っていて、その有り得なさに涙がでてきそうだった。
「双極……だよね」
青空を切り裂いていくような、あの矛がある。
今までは、漫画の中の事だったのに。
「……っ」
本気で泣きそうになった。硬い地面の感触に、これが現実だと認めるしかなくて、いきなり怖くなって、私は固く目を閉じた。そうして、さっきまでのやり取りを思い出す。
ついさっきまで、学生の時の修学旅行や卒業旅行、新婚旅行の時に見たような、満天の星の輝きに満ちた暗闇のなかに、私は立っていた。
「うわぁっ、きれーだなぁ」
頭上だけではなく、足元も『夜空』だったから、夢だと思ってはしゃいでいたら、急に、その人は『出現』した。
きれいな、男の人だった。
「。はじめまして」
「は、はじめまして……?」
どうして、私の名前を知っているの。
「いきなりでごめんね。でも時間がないから、許して欲しい」
「あの……?」
「君はさっき、交通事故に巻き込まれた、君の赤ちゃんと一緒に」
「?!」
そうだ。私は……っ
「あの子は?!」
「まだ、生きてる」
「まだ……?」
「うん。君も、まだ、生きている状態」
「私も……」
では、親子揃って死にかけているのだ。
不思議と、その人の言葉は無条件で信じる事ができた。信じたからこそ、血の気が引いていくのもわかった。
私の顔色を見てとったのか、その人はとても悲しそうにうつむいた。
「僕が君たちの命をかろうじてつなぎ止めてる。僕はね、君の守護霊みたいなものだから、君を助けたいと思っている。でも力が足りない。僕が命の流れを変えるほどの力を行使すると、代償が伴ってしまう。だから、君の気持ちを知りたくて、君に僕の所まで会いにきてもらったんだ」
「私の気持ち?」
「結論から言うと、僕が助けられるのは、ひとりだけだ。そして、その反動で助からなかったほうの魂が、吹き飛ばされると予想している。……吹き飛ばされてどうなるのか、僕にもわからない」
それで、どうしよう? と、恐る恐るその人は私を見つめた。
そんなの、決まっているのに。
お見合いで知り合った旦那様は、不器用ながらも私を宝物のように大切にしてくれて、そうして授かった赤ちゃんは、どうしようもないくらい愛しかった。生れたばかりの赤ちゃんを見て、とっても嬉しそうに笑った両親の顔や、旦那様の顔を、私は一生誇りにしようと思った。だから。
「赤ちゃんを助けて」
「……それでいいの?」
「お母さんだもの、私」
あんまり悲しそうな顔をするから笑って言ったら、その人は増々悲しそうな顔になって頷いた。
やさしいんだね。
ありがとう、と伝える前に、意識が暗転したのが最後だった。
「つまり、これが、吹き飛ばされた結果……なのかな。たしかに此処も、死後の世界ではあるけれど……」
私は死んだのだと実感しながら、涙を堪え切って、起き上がって、そびえたつ双極の矛に近付いた。
それを見上げて苦笑する。
「漫画の世界なのにね」
踏み締める地面も、肌にそよぐ風も、なにもかもがホンモノだ。
そうしてなんとなく、双極の矛にふれた瞬間。
「……えぇっ?!」
前触れもなく、双極が解放されていく。
「うそっ!私なんにもしてないよ?!!」
触れただけで!
というか、解放されたらキコウオウ(漢字が思い出せなかった)という鳥さんが出てくるんじゃ……!
私が慌てている間に、封印が完全に解けていく。
「……う……わ…………」
炎に包まれた鳥が、私の前に降り立つ。この鳥さんに貫かれたら、魂さえもなくなってしまうと知っているけど。
「すごい……綺麗」
圧倒される。なんて美しいんだろうと思った。
逃げ切れるものでもないだろうから、逃げるために走るのも馬鹿らしくなって、そこに立ったまま見つめていたら、鳥さんも見つめ返してきたような気がする。怖い気持ちもちょっとあったけど、瞳が、やさしそうに見えた。
「?」
鳥さんの首を差し出されて、戸惑う。
「……乗っていいの?」
応、というように瞳が細められた。
意外にフレンドリーだよ、キコウオウ。それとも私が死刑囚じゃないからかな?
触れてみても炎は私を傷つけなかった。むしろ暖かくてくすぐったい感じ。
「ふわふわだ……」
ちょっと羽毛布団を思い出す。
よじ登ってみると、目線がぐんと高くなる。
そして、私は眼前に拡がる景色を見下ろした。
「……本当に、瀞霊廷なんだなぁ……。鳥さんが居るから、原作の18巻より前なんだろうけど」
自分自身に確認するように呟いてから、ハタと気が付く。
「な、なんでいきなり瀞霊廷の中に居るの?!魂葬された魂って、まずは流魂街に集まるはず……あ、そうか吹き飛ばされて入っただけだから、魂葬はされていないって事? って、それじゃ私って旅禍になっちゃうの……?」
好きな漫画だったから、色々と思い出せたけど、そのどれもが現状を把握するための決定打に至らなかった。なにしろ情報が少なすぎる。
「とりあえず、旅禍だと思われて追われるのは嫌だな。できれば治安の良い流魂街で過ごせれたらいいんだけど……。瀞霊廷に近い方が治安が良かったはず……」
でも門番の目を盗んで、門をくぐれるんだろうか?
そこまで考えて限り無く不安になった。
そもそも、私の服装からして現代の洋装で、和服が主流だろうこの世界ではひどく目立つだろう。
「どうしよ……鳥さん、良かったら送ってくれませんか? ……って、えええ?!!!」
途方にくれて、無茶なお願いをしてみたら、キコウオウは私を乗せたまま飛び立った。いきなりだったから、その首に思いっきりしがみつく。振り落とされたら一大事だよ。
飛んだままのキコウオウの上で体を固定させて、安定してから地上を見下ろす。飛行機の窓や展望台から地上を見下ろしたみたいに、瀞霊廷がおもちゃのように小さく見えた。
「……藍染さんって、こういう目線で昇っていったんだ」
否、これから昇るのだろうけど。
「なんか、淋しいな。三人一緒だったけど、光でひとりひとり区切られていたし。ひとりきりで、こんな景色を見るなんて」
呟いたら、鳥さんが抗議するみたいに一声鳴いた。
「私は違うよ。キコウオウと一緒だから淋しくない」
それならいい、というように、また一声鳴いた。
瀞霊廷を文字どおり飛び出てから、鳥さんにすぐ近くの森に降りてもらった。
人の視線があるところに、鳥さんと一緒に降り立つのは不味いだろう。飛び立つ直前に見下ろした瀞霊廷の中で、キコウオウを見上げて追いかけようとしている死神達のシルエットを思い出す。
「送ってくれてありがとう。ここから頑張って生きてみるよ」
地面に降りてから鳥さんを見上げてお礼を言うと、今度は鳴かずに私の頬にすりよってくる。くすぐったくて笑ったら、私の笑い声に満足したように目を細めている。
やがて離れると、私から距離をとって飛び上がった。
飛び上がっていった時の風圧まであたたかくて、なんだか名残り惜しくて、私はしばらく其処に立ち尽くして、鳥さんが瀞霊廷に戻っていくのを見送った。
しばらくして、鳥さんのシルエットも完全に見えなくなった頃、人の気配がした。
誰かが、こちらの方に来る。
「……良い人だと、いいんだけど」
そうして彼が、私の前に現れた。
森の中を分け入って歩いてきたんだろう、髪の毛に葉っぱが引っ掛かっている。和服を着流し風に着た若い男性。その彼が、どう見ても『院生の頃の京楽春水』にしか見えなくて、私は息を飲む。
……何百年、否、何千年前なの?!此処……。
流魂街で暮らしていけると思っていた。はじめて会う人とだって、仲良くなろうって思っていた。でも、その人達が『日本』という概念さえない人達だったら……?
急激に、不安がよみがえる。
「……っ」
瞳に涙が浮かび、こぼれていくのを止められない。
「どうしたの?」
京楽さんが、私が泣いているのを見てとって尋ねてくる。優しい、初対面の人を気遣ってくれる声だった。この世界に来てから始めて聴いた言葉が、こんなに優しいなんて、酷すぎる。
涙が、止まらなくて。
「……ボク、何もしないよ」
「っ……ごめんなさい」
「ボク、君に何もされてないよ」
ちょっと戯けたように笑って、慰めてくれる心遣いがありがたかった。心が少し、軽くなっていくから、私もちょっと笑って、涙を拭った。
「私、現世で死んだばかりで、死んでから始めて人に会えたので……」
「あぁ……そうなんだ」
「はい。すみません本当に、いきなり泣いてしまって、驚かせてしまいました」
「謝る事なんてないよ。不安だったんでしょ?」
「えぇ……これからどうしようかと思って」
本当に、どうすればいいのか。
先行きの不安に、京楽さんと話しながら、顔が強張ってしまう。
「それじゃ、ボクの家に、来る?」
……。
「え?!」
「そんなに驚かなくても」
「驚きます!!!」
一瞬、頭の中が真っ白になったくらいだ。
「それで、駄目なのかな?」
「だ、駄目っていうか、ご迷惑なんじゃ……」
「ボクは歓迎するよ。たぶん、母上も。だから大丈夫」
お父さんとお兄さんの反応を言わないあたりに、家庭内での力関係が見えてくるのは気のせいだろうか。
逡巡は、一瞬だった。
「……お世話に、なりたいと思います」
「自己紹介がまだだったね。ボクは京楽春水」
やはり、と思う。
「私は、です」
「ちゃんか、これからよろしく。ボクの事は春水って呼んでくれていいから」
「わかりました。春水さんですね」
京楽さんの家にごやっかいになるのなら、名字でなく名前で呼ばないと不味いのは判る。
「呼び捨てで良いよ?」
「それなら私の事も、、と呼んでください」
「ちゃんじゃ、駄目?」
「年下の方からそう呼ばれるのは、気恥ずかしいですよ」
「……年上なの?」
「はい。私、生前は一児の母親だったんです」
「え?!」
「見えないですか? 顔立ちも童顔ではなく、年相応だと思うんですけど」
「……うん、ゴメン。ボクより年下で……真央霊術院に入学するくらいの年に見える」
それって何歳くらいなんだろう。高校生か、まさかとは思うけど中学生?
深く突っ込むとへこみそうだから、この件に関してはスルーすることにした。その代わり。
「真央霊術院って何ですか?」
内心、しらじらしいと思ったけど、こういう風に聞いた事にしておかないと、これからボロが出てしまう。
「死神になるための学校だよ。も魂葬されてこっちに来たろう? そういうお仕事をする人達」
息を、飲む。
「わ、私は……」
言ってしまっていいのだろうか? でも。
「私は、赤ちゃんと一緒に死にかけた時に、生死の選択を迫ってきた方がいました。そこは此処でもなく現世でもなく、ただただ満天の夜空のみの世界でした。私が赤ちゃんを助けて欲しいと告げたら、意識が暗転して此処にいました。私に選択を迫ってきた人は、赤ちゃんを助ける反動で私がどこかに吹き飛ばされると話していました。……そういう風に、ただ、言葉を交わしただけです。……そういうのが死神ですか?」
異世界から来たのだと、言葉にするには荒唐無稽で、言えなかった。でも何よりも、私の身の上に起こった出来事を、誰かに知って欲しくて、私は一気にそう話してしまった。
「……それ、誰にも言わない方が良い」
そう告げる声が、わずかに低くなっている。
「それは魂葬じゃない。そんな魂葬はありえない。……その事は、下手に話したらいけない事だと思って、秘密にしておいたほうが良い。普通の死神はね、斬魄刀という刀を所持している。それで魂葬をするんだよ。今度から誰かに聞かれたら、そういう風に話せば良い」
「……はい」
私が頷くと、安心したようにホッと息を吐かれた。
「なんか、って放って置けないよ。危なっかしすぎる」
「そうですか?」
「そうだよ。あ、それから敬語はなしで良いから」
「え、でも……初対面なのに」
「これから一緒に過ごすんだしさ、気軽にいこうよ」
「それもそうね」
「うん、じゃあ、行こうか」
差し伸べられた手が、まだ若々しい。その手をとりながら、ふと、疑問に思う。
「どうして、こんなに親切にしてくれるの?」
無償の善意?
あの漫画の中で知った『京楽隊長』は、たしかに優しそうだったけど。
私が答えを求めてジッと見上げると、春水はへらりと笑ってから答えた。
「放って置けないのもあるけど、実はに頼みたい事があるんだ。屋敷についたら話すよ。そんなに大変な事じゃないから心配しないで」
「ふうん?」
ただ御厄介になるより、何かできる事があるのならそれでいいかもしれない。少なくともそれがある間は、一緒にいられるのだろう。
