邂逅編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ
from scratch 05
目覚めは随分とすっきりとしていた。
心が、とても落ち着いている。
私の霊力に関する疑問が夢の中でわずかでも解けた事や、寝る前に春水と話した事が気持ちを軽くしてくれたと思う。
前途洋々とまではいかなくても、色んな希望が見えるようになったのだ。
それは、素晴らしい事だと感じた。
そして起きた後、昨夜に続き『始めて3人で』朝食をとった。やっぱり人数が多い方が、家族って雰囲気になるなぁ……としみじみ思っていたんだけど、そんな考えは私だけ?
「お兄さんも春水も、なんかちょっと居心地悪そうだったね」
食べ終えた後、お兄さん宛ての伝言をたずさえた人が来たみたいで、お兄さんはその対応の為に他の部屋に出向いている。今日もお兄さんに稽古をつけてもらうつもりの私は、お兄さんのお仕事が終わるのを待ちながら、春水と2人だけでいつもの縁側に座っている。
「……ボク、今まで生きてきて始めて兄上と一緒に朝食をとったから……何か変な感じで」
「嘘?! ハジメテ?!!」
「昼食とか、夜会の時に席を同じくする事は何回かあったんだけどねぇ」
貴族って! 貴族って……!
もうっ、こんなんだから意志の疎通が上手くいかないんじゃないの?!
家族と言えども、たくさんコミュニケーションをとらないと……!
「って、あれ……?」
「どうしたの、」
「いや、私ここに来てから春水と一緒にご飯食べてたけど、それは変な感じじゃなかったのかなぁって……。ひょっとして嫌だけど我慢してくれてたの?」
「……いや? と食べる時に、そう思った事はないよ」
「そっか。毎日だもんね。慣れちゃったのかな?」
「かな?」
私が首を傾げていると、春水も首を傾げる。
「ボク自身の事なのに、良く判らない事ってあるんだねぇ」
「そうだね」
2人でふむふむと頷きあっていると、いつのまにか側まで近付いて来ていたお兄さんは、わずかに離れた場所で立ち止まったまま、片手で目頭を抑えていた。
「あれ? 兄上、どうしたのさ」
「目に塵がはいっちゃったんですか? 大丈夫ですか?」
「いや、なんでもない……」
でもその声はとっても疲れ果てていた。受け取った伝言とか、大変な事だったのかもしれない。お仕事をしている人の大変さを思って、そんな中でも稽古をつけてくれていたのを思い出して、私は改めてお兄さんに感謝した。
感謝したのも束の間、昨日に引き続き、今日もお兄さんに稽古を付けてもらう。場所は屋敷内にある道場みたいな一室。昨日と違うのは開始時間が朝からなのと、最初から春水も一緒だという事。
「さんが居てくれて本当に助かるよ。春水が途中で逃げ出さないからね」
「へぇ……そんなに頻繁に逃走してたんですか?」
私達の会話を聞いた春水は、かなりばつの悪そうな顔になった。
「あのさぁ、まさか2人して稽古の時にずっとボクの話題で過ごしてたの……?」
「うん。春水のちっちゃい頃の話とか、可愛いくて面白かったよ」
「最初の頃、おまえの事しか共通の話題がなかったからね。自然のなりゆきだ」
「なに話してんのさ?!」
春水の声を聞きながら高らかにお兄さんが笑う。それに釣られて笑った私は、今日はいつにも増して楽しい稽古になりそうだなぁと思った。
稽古を終えると、お兄さんは疲れ切った私達を残して室外に出て行った。伝言をたずさえた人がまた来られたらしい。出ていかれる時に春水と私にかけた「おつかれさま」の一言が、とっても『お兄さん』な感じで嬉しかった。
「……、生きてる?」
「…………もうちょっと死なせといて……」
稽古は楽しすぎた。楽しすぎて、身体が悲鳴を上げだしても、つい心のままに身体を動かしてしまった。今はそのツケの真っ最中だ。火照った身体を道場の板の上に伸ばして、息を整えようとする。
ぜい、と喉から鳴る声が掠れてみっともなかったけれど、それは春水も一緒。
「春水は……?」
「……ボクも、もう少し……」
そのまましばし、お互いの息の音しか聞こえなくなった。
けれど、それもなんだか、心地良かった。
そうして息が整ってくると、自然とその願いを口に出していた。
「あのね、春水……。時々で良いから……稽古に付き合ってくれないかな?」
「兄上に習ってるだけじゃ、駄目なのかい?」
「春水と打ち合うの、楽しかったから」
「……」
「やっぱり駄目かな? ……わがままだもんね。春水には恋人さん達とのおつき合いもあるのに……」
「いや、良いよ。時々で良いなら、と稽古するから……」
「ありがとう」
「お礼はいらないよ。ボクもね、楽しかったから良いんだ」
「そっか」
春水も楽しいと思ってくれたんだ。
私だけじゃなくて、良かった。
「……」
「うん?」
「ボク、明日にでも父上と母上に逢いたいと思う。兄上を通してしか、ふたりの気持ちを聞いていないからね。逢ってきちんと話しておきたい」
「うん。そうだね。お父さんとお母さんと話そう」
家族だもの。
「まぁ、あんな『わがまま』まで受け入れてくれるって事だしさぁ……今更だけど愛されちゃってるなぁって思ったし……兄上の言う通り諦めるけど、その前にけじめを着けておきたいんだ。……入学した後は大変かもしれないしねぇ……」
「……うん」
春水の言葉は、穏やかに響いていたけど、あの嫌な人達と向き合って行くような覚悟に満ちている。
私達は未だに寝転がったままだから、そう言った時の春水の顔を見た訳ではないけれど、なんとなく、あの瞳の翳りさえ、今ではその眼差しの深みを生み出す、糧になっているのではないかと思えた。
私の心が一晩で落ち着いたように、春水の心にも、この一晩で変化がもたらされたように感じる。
なんだかどんどん、かっこ良くなっていくなぁ……。
男の子は、急に成長する時があるっていうけれど。
そんな事をしみじみ思っていた私に、春水が続けた言葉は、とても意外なものだった。
「……が側にいて、良かった……」
「え?」
「初めて逢った日に、に『ボクにとって側を離れていたくない人』になって欲しいって、無茶な頼みをしたけれどさ……。今ではそれは本当の事だよ。にはいつも助けられて来て……、ボクはもう、あんな約束があってもなくても、の側を離れたくないって思ってる」
「……」
どうしよう。
私、また泣きそうだ。
春水の支えに、少しでもなれたのかなって、思ったら。
「っ……」
「……? ……って?! ちょっ、泣いてるのかい?!」
春水の慌てた声がした後、衣擦れの音が寝転がったままの私の側まで近付いて来た。それから私の顔を心配そうに覗き込む春水の顔が視界に入ってきて、それを涙越しに見上げて私は微笑む。
「ぅん……だって……っ、凄い、嬉し……っ」
春水の顔を認めた後、溢れる涙が増えてしまって、それからの春水がどんな顔をしているのか分からなかったけど、その手はそんな私を宥めるように、優しく頭を撫でてくれた。
涙が止まって私が落ち着くまで、ずっと。
そんな風に、覚悟を決めてからの春水は、以前よりも『京楽隊長』を彷佛とさせた。
女の子が大好きで、相変わらず昼から夕方にかけては出かける事もあるけれど、お父さんやお母さんと対面できる日には遊びに行かず、きちんと話し合い、思慮深い瞳で己の今後を見据え始めている。
勉強の方は、剣術を含めて私に時々付き合うような形で、少しだけやるようになった。本当に少しだけなんだけど、それでもお父さんとお母さんは大喜びした。私にわざわざお礼まで言って下さるに至っては、これまでの春水の所業を忍ばずにはいられない……。
そして、この世界に来て始めて『鬼道』を習い始めた私は、剣術と違って読解力を求められる漢字の羅列に悲鳴をあげている。
教科書の文面がすべて漢文になっていたのだ! 恥ずかしい事に一度は口頭で読んでいただかないとサッパリ分からない。一文字一文字は読めても、それを繋げて文章を組み立てれない。あちらの学校で目にしたような、読み易くするための記号や読み仮名はなかった。
……ひらがなが出来たの、平安時代だったかな……。
けれど、私が漢字、つまりは文字を知っている事の方が周囲には驚きだったらしい。
この時代の現世や流魂街の識字率ってかなり悪いの?
あんなに驚かれるとは思わなかった。
そんな訳で入学前に『斬拳走鬼』の基礎の基礎くらいは、なんとか修得できそう。特に『斬』だけでなく『走』に関しても良く誉めていただけるようになったのが嬉しかった。以前からおこなっていた自主練習の中に、基礎体力向上のための走り込みがあったのが効いたらしい。
「でも、霊力がさっぱりなのよね〜……」
今日もひとりで自主練習に励みつつ、ぼやいてしまう。
私の『先生』は、春水も一緒に習う事を前提にしたせいか、お兄さんやお父さんやお母さんだけど、そうなると当然ながら皆さんお仕事で忙しくて自主練習のみになる日もある。
そうしてひとりになると、日頃抑えておいた不安や不満が、心の中で動いてしまう。
「文字も……霊術院に入学試験を免除して貰おうってお父さんは言ってくれたけど、なんかそれってずるしてるみたいでイヤだし……ぎりぎりな点数でも良いから、自力で合格できるほうが嬉しいよ……」
走り込みを終え、クールダウンのための歩きも終えると立ち止まり、足元を見遣ってぼやいた。
ここは京楽の自治領内だけど、春水の屋敷の外で、私のぼやきを聞き咎める人なんて居ないから、心置きなく吐露できる。
だから、すぐ側で人の声がした瞬間、大袈裟なほど身体がビクリと震えた。
「なるほど、良い心根じゃな。しかりとした霊力の素養もある」
「だっ……!」
誰ですか、と言いかけて絶句した。
や、山じいだーーーーーー!!!
見間違えようがないよ! っていうか、千年は昔なのに見た目が全然変わってないのはどういう事ですか!!!
いや、それよりも。
「……あたたかい……?」
ご挨拶も何もかも忘れて、口走ってしまった。周囲が急に、ぽかぽかと温かくなったような気がしたのだ。まるで、そうだ、キコウオウの風圧みたいに。
「なんと、儂の霊圧をそのように感じるか……これは先が楽しみじゃ」
「これ、霊圧なんですか?」
ならば、あの時に感じた鳥さんの風圧も、霊圧だったのだろうか?
私の疑問に、山じいは答えなかった。
否、もしかしたら答えていたのかもしれないけれど、急激に全身にのしかかってきた圧迫感に、私はあっさりと意識を手放して居た。
暗闇が在った。
太極であり太一であり乾坤で在った。
星が在った。
その大地の下に在る熱量は休む事なく蠢き続け、赤々とマグマが胎動する。
天に在る星々の皓々とした輝きは、何万光年という時間をかけて届く。
たとえその星が死んでいても、星の光は闇の中に在り続ける。
……あぁ、そうか。
在ると言われる霊力が、いつまでたっても表にでないはずだ。
私の中にはあちらの知識がある。宇宙や星の『科学』の基礎を、義務教育の頃から叩き込まれてきた。いくらこちらに来てから『霊力』の基礎を習っても、子どもの頃に身に付けた知識という名の『常識』を、消す事はできない。
霊圧を感じていても、それが出来ていても、無意識の内に『そんな事はできない』と、知覚した情報を退けていたのだろう。……それさえ、乗り越えてしまえば……。
「……私……」
「!」
「……春水?」
目覚めると、物凄く心配そうな表情の春水が、私を抱きかかえていた。
「あれ……? 私、どうして春水に抱きかかえられてるの?」
現状がよく分からなくて、混乱した。
山じいとの初対面の途中で意識が飛んでから、そんなに時間はたっていない……と思う。周囲の景色は意識を失う前と同じで、京楽の自治領内で、春水の屋敷の外……のはず。それに見上げた青空の中、そこを渡る陽の位置がほぼ同じだ。
つまりまだ昼で、春水は出かけているはずなのに、なんで居るの?
しかも春水のほうが、私よりずっと汗だくになっている。
息もかなり荒くて、疲れ切っているようで。
「……春水?」
私の問いに答える事もなく、春水はただぎゅっと、私を抱きしめてきた。その手がわずかに震えている。
そこまで見てとって漸く察する事ができた。
春水は、意識を失った私を心配していたんだ。
どうして今、春水が此処にいるのか分からなかったけど、そんな疑問は後回しにして、私は春水の背に腕を回し、春水が落ち着くまで「私は大丈夫だよ」と、その背を撫でてあげた。
落ち着いた春水が私を姫だっこ状態で抱きかかえたまま屋敷に帰宅すると、使用人の皆さんは一糸乱れず「おかえりなさいませ」と言う。
……初日に思いっきりどもってたのが懐かしいなぁ……。
「春水、もう降ろしてくれていいよ」
「駄目。部屋までボクが運ぶから」
うーん、今日の春水はとても過保護のような気がする。まぁ、仕方ないか。落ち着いた春水が語った所によると、春水が出かけた先にも山じいが来て、何かやり取りがあったらしいのだ。
どんなやり取りだったか詳しく言うのを避けているから、きっとこてんぱんにやられちゃったんじゃないかな……山じい、容赦なさそうだし……。
で、山じいが去った後、寮室を一緒にする事になっている私の所にも山じいが現れるかもしれないと察して、慌てて帰宅して来たらしい。汗だくになるくらい、必死で。
やっぱり春水って優しいなぁ。
そんなわけでこの日、私はもう大丈夫だよって言うのを春水に納得してもらうまでの、就寝するまでずっと、春水の甘やかしは続いてしまって……使用人の皆さんの『私達は御子息の恋愛を温かく見守っています』視線が増えてしまった。
誤解が完全に消えるのって、いつになるんだろう……。
翌朝、薄々予感していた事が現実となる。
「……入学試験、免除になっちゃったんだ……」
「みたいだねぇ……」
山じいとの対面は、一種の入学試験みたいな物だったようで。
入学許可やその他諸々の連絡事項、男子寮に入寮する事となった私宛の指示が記載された書簡が、昨日の今日で届いた。
それに合わせるように、お父さんお母さんから手紙と、制服を始めとした必要な教材も。
私が教材や制服を確かめている間に、春水はさっそく書簡を開いて読み始めた。
そしてある一文を読み終えると、眉を寄せて唸った。
「ボク、絶対に寮室を一緒にして入学することはないだろうと思ったから、あんな主張をしたんだけど……こうきたか……。、ごめんよ」
「ううん、良いのよ。たしかに男子寮の中に女子の制服が混ざっていたら目立つだろうし、この指示は仕方ないと思う。それにサラシとか付けなくて良いみたいだし、色だけでしょう?」
「そうだけど……男子と同じ色なんて」
そうなのだ。
春水と私宛に届いた制服の色は、まったく同じ色だった……つまり私は一見して、男子生徒のような姿になるのだろう。サラシは巻かなくて良いから、本格的な男装ではないけど。
ちょっと、倒錯的な気が……。
お父さんお母さんの手紙には、霊術院との調整上、そういう条件になってしまったとあり、お母さんの文字で女の子なのに制服を可愛い色に出来なくてごめんなさいとあった。いつか必要になるかもしれない、との但し書き付きで、予備の制服三着の内、一着だけ女子の制服になっているのは母心だろう。
「いや、私は制服の色よりもこっちの方が気になるんだけど!」
手紙に綴られた文面の中、その部分を指差す。
流魂街出身という事になっている私の後見人として『京楽家』の名が在るのは良い。今までずっとお世話になってきたし、納得できる。でもその隣に『四楓院家』の名まであるのは何でなの?!
「……それは多分、兄上が手を回したと思う」
「お兄さんが?!」
私の驚きに、春水は苦笑している。
「四楓院家には跡取りの姫様が居るんだけど、その遊び相手を探しているって噂があったから、を売り込んだんじゃないかな、『姫様の遊び相手』として。そうなるとウチだけじゃなく、四楓院家も必然的にの保護に名乗りあげる事になる。……兄上、相変わらずそういう取り引き上手いみたいだねぇ」
「ど、ど、どうしてっ……『京楽家』だけじゃ駄目なの?!」
遊び相手って!
あの夜一さんの遊び相手って……!!!
「なら、この処置に納得すると思う」
そう言った春水の瞳が、深みを増していてハッとした。
お兄さんがしたというこの処置は、何か大事な事なのだ。そう察すると、私は乱していた息を整えて、春水の言葉をきちんと聞こうと姿勢を正す。そんな私に春水は苦笑した。
「あのね、ボクと同室でその上に後見人が『京楽家』だけじゃ、は『京楽家の飼い猫』みたいに周囲に見られる。必然、周囲からそういう扱いで接される事になる」
息を飲んだ。
思い出すのは、『朽木ルキア』の描写。
そんな私を見てとって、春水は言う。
「大丈夫だよ。実際にはウチだけでなく『四楓院家』の名もあるから。しかも『姫様の遊び相手』なら、『飼い猫』と邪推する方が失礼にあたる」
「……あ、そのために……?」
「うん。兄上はもしかしたら、父上や母上よりも先に動いていたかもしれない。……参ったね、どうも。いつから謀っていたんだか……」
「謀ったなんて、言葉が悪いよ。春水」
「騙されたって感じ、一度もしなかった?」
「うっ……、……実は、した」
私の物言いが可笑しかったのか、春水はくつくつと笑い出した。その声に釣られるように、私もくすくすと笑い出してしまった。
それは可笑しくて楽しくて、幸せなひとときだった。
真央霊術院に入学しても、こんな風に、笑い合いたいと思うくらいに。
たとえ、あの嫌な人達の思惑が、消える事はなくても。
寝転がって聞いた、春水のあの言葉が私の勇気になるから。
ふたり一緒なら、大丈夫だと思えた。
心が、とても落ち着いている。
私の霊力に関する疑問が夢の中でわずかでも解けた事や、寝る前に春水と話した事が気持ちを軽くしてくれたと思う。
前途洋々とまではいかなくても、色んな希望が見えるようになったのだ。
それは、素晴らしい事だと感じた。
そして起きた後、昨夜に続き『始めて3人で』朝食をとった。やっぱり人数が多い方が、家族って雰囲気になるなぁ……としみじみ思っていたんだけど、そんな考えは私だけ?
「お兄さんも春水も、なんかちょっと居心地悪そうだったね」
食べ終えた後、お兄さん宛ての伝言をたずさえた人が来たみたいで、お兄さんはその対応の為に他の部屋に出向いている。今日もお兄さんに稽古をつけてもらうつもりの私は、お兄さんのお仕事が終わるのを待ちながら、春水と2人だけでいつもの縁側に座っている。
「……ボク、今まで生きてきて始めて兄上と一緒に朝食をとったから……何か変な感じで」
「嘘?! ハジメテ?!!」
「昼食とか、夜会の時に席を同じくする事は何回かあったんだけどねぇ」
貴族って! 貴族って……!
もうっ、こんなんだから意志の疎通が上手くいかないんじゃないの?!
家族と言えども、たくさんコミュニケーションをとらないと……!
「って、あれ……?」
「どうしたの、」
「いや、私ここに来てから春水と一緒にご飯食べてたけど、それは変な感じじゃなかったのかなぁって……。ひょっとして嫌だけど我慢してくれてたの?」
「……いや? と食べる時に、そう思った事はないよ」
「そっか。毎日だもんね。慣れちゃったのかな?」
「かな?」
私が首を傾げていると、春水も首を傾げる。
「ボク自身の事なのに、良く判らない事ってあるんだねぇ」
「そうだね」
2人でふむふむと頷きあっていると、いつのまにか側まで近付いて来ていたお兄さんは、わずかに離れた場所で立ち止まったまま、片手で目頭を抑えていた。
「あれ? 兄上、どうしたのさ」
「目に塵がはいっちゃったんですか? 大丈夫ですか?」
「いや、なんでもない……」
でもその声はとっても疲れ果てていた。受け取った伝言とか、大変な事だったのかもしれない。お仕事をしている人の大変さを思って、そんな中でも稽古をつけてくれていたのを思い出して、私は改めてお兄さんに感謝した。
感謝したのも束の間、昨日に引き続き、今日もお兄さんに稽古を付けてもらう。場所は屋敷内にある道場みたいな一室。昨日と違うのは開始時間が朝からなのと、最初から春水も一緒だという事。
「さんが居てくれて本当に助かるよ。春水が途中で逃げ出さないからね」
「へぇ……そんなに頻繁に逃走してたんですか?」
私達の会話を聞いた春水は、かなりばつの悪そうな顔になった。
「あのさぁ、まさか2人して稽古の時にずっとボクの話題で過ごしてたの……?」
「うん。春水のちっちゃい頃の話とか、可愛いくて面白かったよ」
「最初の頃、おまえの事しか共通の話題がなかったからね。自然のなりゆきだ」
「なに話してんのさ?!」
春水の声を聞きながら高らかにお兄さんが笑う。それに釣られて笑った私は、今日はいつにも増して楽しい稽古になりそうだなぁと思った。
稽古を終えると、お兄さんは疲れ切った私達を残して室外に出て行った。伝言をたずさえた人がまた来られたらしい。出ていかれる時に春水と私にかけた「おつかれさま」の一言が、とっても『お兄さん』な感じで嬉しかった。
「……、生きてる?」
「…………もうちょっと死なせといて……」
稽古は楽しすぎた。楽しすぎて、身体が悲鳴を上げだしても、つい心のままに身体を動かしてしまった。今はそのツケの真っ最中だ。火照った身体を道場の板の上に伸ばして、息を整えようとする。
ぜい、と喉から鳴る声が掠れてみっともなかったけれど、それは春水も一緒。
「春水は……?」
「……ボクも、もう少し……」
そのまましばし、お互いの息の音しか聞こえなくなった。
けれど、それもなんだか、心地良かった。
そうして息が整ってくると、自然とその願いを口に出していた。
「あのね、春水……。時々で良いから……稽古に付き合ってくれないかな?」
「兄上に習ってるだけじゃ、駄目なのかい?」
「春水と打ち合うの、楽しかったから」
「……」
「やっぱり駄目かな? ……わがままだもんね。春水には恋人さん達とのおつき合いもあるのに……」
「いや、良いよ。時々で良いなら、と稽古するから……」
「ありがとう」
「お礼はいらないよ。ボクもね、楽しかったから良いんだ」
「そっか」
春水も楽しいと思ってくれたんだ。
私だけじゃなくて、良かった。
「……」
「うん?」
「ボク、明日にでも父上と母上に逢いたいと思う。兄上を通してしか、ふたりの気持ちを聞いていないからね。逢ってきちんと話しておきたい」
「うん。そうだね。お父さんとお母さんと話そう」
家族だもの。
「まぁ、あんな『わがまま』まで受け入れてくれるって事だしさぁ……今更だけど愛されちゃってるなぁって思ったし……兄上の言う通り諦めるけど、その前にけじめを着けておきたいんだ。……入学した後は大変かもしれないしねぇ……」
「……うん」
春水の言葉は、穏やかに響いていたけど、あの嫌な人達と向き合って行くような覚悟に満ちている。
私達は未だに寝転がったままだから、そう言った時の春水の顔を見た訳ではないけれど、なんとなく、あの瞳の翳りさえ、今ではその眼差しの深みを生み出す、糧になっているのではないかと思えた。
私の心が一晩で落ち着いたように、春水の心にも、この一晩で変化がもたらされたように感じる。
なんだかどんどん、かっこ良くなっていくなぁ……。
男の子は、急に成長する時があるっていうけれど。
そんな事をしみじみ思っていた私に、春水が続けた言葉は、とても意外なものだった。
「……が側にいて、良かった……」
「え?」
「初めて逢った日に、に『ボクにとって側を離れていたくない人』になって欲しいって、無茶な頼みをしたけれどさ……。今ではそれは本当の事だよ。にはいつも助けられて来て……、ボクはもう、あんな約束があってもなくても、の側を離れたくないって思ってる」
「……」
どうしよう。
私、また泣きそうだ。
春水の支えに、少しでもなれたのかなって、思ったら。
「っ……」
「……? ……って?! ちょっ、泣いてるのかい?!」
春水の慌てた声がした後、衣擦れの音が寝転がったままの私の側まで近付いて来た。それから私の顔を心配そうに覗き込む春水の顔が視界に入ってきて、それを涙越しに見上げて私は微笑む。
「ぅん……だって……っ、凄い、嬉し……っ」
春水の顔を認めた後、溢れる涙が増えてしまって、それからの春水がどんな顔をしているのか分からなかったけど、その手はそんな私を宥めるように、優しく頭を撫でてくれた。
涙が止まって私が落ち着くまで、ずっと。
そんな風に、覚悟を決めてからの春水は、以前よりも『京楽隊長』を彷佛とさせた。
女の子が大好きで、相変わらず昼から夕方にかけては出かける事もあるけれど、お父さんやお母さんと対面できる日には遊びに行かず、きちんと話し合い、思慮深い瞳で己の今後を見据え始めている。
勉強の方は、剣術を含めて私に時々付き合うような形で、少しだけやるようになった。本当に少しだけなんだけど、それでもお父さんとお母さんは大喜びした。私にわざわざお礼まで言って下さるに至っては、これまでの春水の所業を忍ばずにはいられない……。
そして、この世界に来て始めて『鬼道』を習い始めた私は、剣術と違って読解力を求められる漢字の羅列に悲鳴をあげている。
教科書の文面がすべて漢文になっていたのだ! 恥ずかしい事に一度は口頭で読んでいただかないとサッパリ分からない。一文字一文字は読めても、それを繋げて文章を組み立てれない。あちらの学校で目にしたような、読み易くするための記号や読み仮名はなかった。
……ひらがなが出来たの、平安時代だったかな……。
けれど、私が漢字、つまりは文字を知っている事の方が周囲には驚きだったらしい。
この時代の現世や流魂街の識字率ってかなり悪いの?
あんなに驚かれるとは思わなかった。
そんな訳で入学前に『斬拳走鬼』の基礎の基礎くらいは、なんとか修得できそう。特に『斬』だけでなく『走』に関しても良く誉めていただけるようになったのが嬉しかった。以前からおこなっていた自主練習の中に、基礎体力向上のための走り込みがあったのが効いたらしい。
「でも、霊力がさっぱりなのよね〜……」
今日もひとりで自主練習に励みつつ、ぼやいてしまう。
私の『先生』は、春水も一緒に習う事を前提にしたせいか、お兄さんやお父さんやお母さんだけど、そうなると当然ながら皆さんお仕事で忙しくて自主練習のみになる日もある。
そうしてひとりになると、日頃抑えておいた不安や不満が、心の中で動いてしまう。
「文字も……霊術院に入学試験を免除して貰おうってお父さんは言ってくれたけど、なんかそれってずるしてるみたいでイヤだし……ぎりぎりな点数でも良いから、自力で合格できるほうが嬉しいよ……」
走り込みを終え、クールダウンのための歩きも終えると立ち止まり、足元を見遣ってぼやいた。
ここは京楽の自治領内だけど、春水の屋敷の外で、私のぼやきを聞き咎める人なんて居ないから、心置きなく吐露できる。
だから、すぐ側で人の声がした瞬間、大袈裟なほど身体がビクリと震えた。
「なるほど、良い心根じゃな。しかりとした霊力の素養もある」
「だっ……!」
誰ですか、と言いかけて絶句した。
や、山じいだーーーーーー!!!
見間違えようがないよ! っていうか、千年は昔なのに見た目が全然変わってないのはどういう事ですか!!!
いや、それよりも。
「……あたたかい……?」
ご挨拶も何もかも忘れて、口走ってしまった。周囲が急に、ぽかぽかと温かくなったような気がしたのだ。まるで、そうだ、キコウオウの風圧みたいに。
「なんと、儂の霊圧をそのように感じるか……これは先が楽しみじゃ」
「これ、霊圧なんですか?」
ならば、あの時に感じた鳥さんの風圧も、霊圧だったのだろうか?
私の疑問に、山じいは答えなかった。
否、もしかしたら答えていたのかもしれないけれど、急激に全身にのしかかってきた圧迫感に、私はあっさりと意識を手放して居た。
暗闇が在った。
太極であり太一であり乾坤で在った。
星が在った。
その大地の下に在る熱量は休む事なく蠢き続け、赤々とマグマが胎動する。
天に在る星々の皓々とした輝きは、何万光年という時間をかけて届く。
たとえその星が死んでいても、星の光は闇の中に在り続ける。
……あぁ、そうか。
在ると言われる霊力が、いつまでたっても表にでないはずだ。
私の中にはあちらの知識がある。宇宙や星の『科学』の基礎を、義務教育の頃から叩き込まれてきた。いくらこちらに来てから『霊力』の基礎を習っても、子どもの頃に身に付けた知識という名の『常識』を、消す事はできない。
霊圧を感じていても、それが出来ていても、無意識の内に『そんな事はできない』と、知覚した情報を退けていたのだろう。……それさえ、乗り越えてしまえば……。
「……私……」
「!」
「……春水?」
目覚めると、物凄く心配そうな表情の春水が、私を抱きかかえていた。
「あれ……? 私、どうして春水に抱きかかえられてるの?」
現状がよく分からなくて、混乱した。
山じいとの初対面の途中で意識が飛んでから、そんなに時間はたっていない……と思う。周囲の景色は意識を失う前と同じで、京楽の自治領内で、春水の屋敷の外……のはず。それに見上げた青空の中、そこを渡る陽の位置がほぼ同じだ。
つまりまだ昼で、春水は出かけているはずなのに、なんで居るの?
しかも春水のほうが、私よりずっと汗だくになっている。
息もかなり荒くて、疲れ切っているようで。
「……春水?」
私の問いに答える事もなく、春水はただぎゅっと、私を抱きしめてきた。その手がわずかに震えている。
そこまで見てとって漸く察する事ができた。
春水は、意識を失った私を心配していたんだ。
どうして今、春水が此処にいるのか分からなかったけど、そんな疑問は後回しにして、私は春水の背に腕を回し、春水が落ち着くまで「私は大丈夫だよ」と、その背を撫でてあげた。
落ち着いた春水が私を姫だっこ状態で抱きかかえたまま屋敷に帰宅すると、使用人の皆さんは一糸乱れず「おかえりなさいませ」と言う。
……初日に思いっきりどもってたのが懐かしいなぁ……。
「春水、もう降ろしてくれていいよ」
「駄目。部屋までボクが運ぶから」
うーん、今日の春水はとても過保護のような気がする。まぁ、仕方ないか。落ち着いた春水が語った所によると、春水が出かけた先にも山じいが来て、何かやり取りがあったらしいのだ。
どんなやり取りだったか詳しく言うのを避けているから、きっとこてんぱんにやられちゃったんじゃないかな……山じい、容赦なさそうだし……。
で、山じいが去った後、寮室を一緒にする事になっている私の所にも山じいが現れるかもしれないと察して、慌てて帰宅して来たらしい。汗だくになるくらい、必死で。
やっぱり春水って優しいなぁ。
そんなわけでこの日、私はもう大丈夫だよって言うのを春水に納得してもらうまでの、就寝するまでずっと、春水の甘やかしは続いてしまって……使用人の皆さんの『私達は御子息の恋愛を温かく見守っています』視線が増えてしまった。
誤解が完全に消えるのって、いつになるんだろう……。
翌朝、薄々予感していた事が現実となる。
「……入学試験、免除になっちゃったんだ……」
「みたいだねぇ……」
山じいとの対面は、一種の入学試験みたいな物だったようで。
入学許可やその他諸々の連絡事項、男子寮に入寮する事となった私宛の指示が記載された書簡が、昨日の今日で届いた。
それに合わせるように、お父さんお母さんから手紙と、制服を始めとした必要な教材も。
私が教材や制服を確かめている間に、春水はさっそく書簡を開いて読み始めた。
そしてある一文を読み終えると、眉を寄せて唸った。
「ボク、絶対に寮室を一緒にして入学することはないだろうと思ったから、あんな主張をしたんだけど……こうきたか……。、ごめんよ」
「ううん、良いのよ。たしかに男子寮の中に女子の制服が混ざっていたら目立つだろうし、この指示は仕方ないと思う。それにサラシとか付けなくて良いみたいだし、色だけでしょう?」
「そうだけど……男子と同じ色なんて」
そうなのだ。
春水と私宛に届いた制服の色は、まったく同じ色だった……つまり私は一見して、男子生徒のような姿になるのだろう。サラシは巻かなくて良いから、本格的な男装ではないけど。
ちょっと、倒錯的な気が……。
お父さんお母さんの手紙には、霊術院との調整上、そういう条件になってしまったとあり、お母さんの文字で女の子なのに制服を可愛い色に出来なくてごめんなさいとあった。いつか必要になるかもしれない、との但し書き付きで、予備の制服三着の内、一着だけ女子の制服になっているのは母心だろう。
「いや、私は制服の色よりもこっちの方が気になるんだけど!」
手紙に綴られた文面の中、その部分を指差す。
流魂街出身という事になっている私の後見人として『京楽家』の名が在るのは良い。今までずっとお世話になってきたし、納得できる。でもその隣に『四楓院家』の名まであるのは何でなの?!
「……それは多分、兄上が手を回したと思う」
「お兄さんが?!」
私の驚きに、春水は苦笑している。
「四楓院家には跡取りの姫様が居るんだけど、その遊び相手を探しているって噂があったから、を売り込んだんじゃないかな、『姫様の遊び相手』として。そうなるとウチだけじゃなく、四楓院家も必然的にの保護に名乗りあげる事になる。……兄上、相変わらずそういう取り引き上手いみたいだねぇ」
「ど、ど、どうしてっ……『京楽家』だけじゃ駄目なの?!」
遊び相手って!
あの夜一さんの遊び相手って……!!!
「なら、この処置に納得すると思う」
そう言った春水の瞳が、深みを増していてハッとした。
お兄さんがしたというこの処置は、何か大事な事なのだ。そう察すると、私は乱していた息を整えて、春水の言葉をきちんと聞こうと姿勢を正す。そんな私に春水は苦笑した。
「あのね、ボクと同室でその上に後見人が『京楽家』だけじゃ、は『京楽家の飼い猫』みたいに周囲に見られる。必然、周囲からそういう扱いで接される事になる」
息を飲んだ。
思い出すのは、『朽木ルキア』の描写。
そんな私を見てとって、春水は言う。
「大丈夫だよ。実際にはウチだけでなく『四楓院家』の名もあるから。しかも『姫様の遊び相手』なら、『飼い猫』と邪推する方が失礼にあたる」
「……あ、そのために……?」
「うん。兄上はもしかしたら、父上や母上よりも先に動いていたかもしれない。……参ったね、どうも。いつから謀っていたんだか……」
「謀ったなんて、言葉が悪いよ。春水」
「騙されたって感じ、一度もしなかった?」
「うっ……、……実は、した」
私の物言いが可笑しかったのか、春水はくつくつと笑い出した。その声に釣られるように、私もくすくすと笑い出してしまった。
それは可笑しくて楽しくて、幸せなひとときだった。
真央霊術院に入学しても、こんな風に、笑い合いたいと思うくらいに。
たとえ、あの嫌な人達の思惑が、消える事はなくても。
寝転がって聞いた、春水のあの言葉が私の勇気になるから。
ふたり一緒なら、大丈夫だと思えた。
