邂逅編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ
from scratch 04
お母さん、助けて!
思わずそんな事を思うくらいに、今、目の前でにこにこと笑っているお兄さんと、そのお兄さんを見据える春水の目つきが凄かった。
「……どうして、兄上が、に稽古をつけているのさ」
「それはもちろん、お前に置いてかれて、この屋敷でひとりきりで可哀想なさんのお相手を、不肖の弟に代わってしているんだよ」
「お兄さん! 私、可哀想じゃないです!!! 春水も気にしないで!」
慌てて突っ込みを入れた。お兄さんの言葉を聞いて目を見開いた春水が、私の事を見て泣きそうに顔を歪めたのだ。
「、気にしないでって言われても……ボクがをひとりにしていたのは……本当の事だし……」
私よりずっと大きな身体の春水が、シュンとして項垂れる。
「ひとりでって言っても昼から夕方までじゃない! 本当に気にしないで良いのよ。ね?」
春水を悲しませるつもりなんてなかったのに、結果的にそうなってしまった。私の言葉に不承不承でも春水が頷いてくれたのを確かめてから、春水を背に庇うようにしてお兄さんに向き直る。
「春水を、悲しませるような事をおっしゃるのなら、お兄さんでも許しません。そういう風に春水を虐めるのは、止めて下さい」
声音の硬くなった私の言葉を聞くと、お兄さんは苦笑して頷いてくれた。良かった……。
2人が落ち着いてから、いつもの縁側で、今日は私を間に挟んで3人で座る事となった。
「それにしても、兄上が夕方まで此処に居るなんて、珍しいね」
「そういえば、そうですよね。今までずっと、夕方前には御帰宅なさっていらしたのに……」
だからこそ、習い始めて3ヶ月過ぎても、春水とお兄さんがかち合わなかったんだろうけど。
「あぁ、近頃はさんのお相手をするのが特に楽しくなってきてね。つい長居をしてしまった。それに今日と明日は、逢う予定になっていた四楓院家の方の御予定が崩れて、仕事に値する事がなくなったから」
四楓院、という言葉にドキリとする。春水がこれだけ若いって事は、夜一さんはどのくらいの歳なんだろう……?
「に教えるのが、楽しいって……?」
「そう。急激に、剣術の腕が伸びている、砂に水が染み込むみたいにね。今まで何の指導もなかったのが、逆に良かったと私は思っている。変な癖が付いていなくて、実に教えやすい」
お兄さんの言葉に、ちょっと反論したくなった。
「それは、お兄さんの教え方が上手いからじゃないですか? 教わっていて、楽しいから苦になりませんし」
お兄さんが居ない時にしていた自主練習も、ひとりで居る時の暇つぶしにはもってこいだったのだ。……さっきあんな風に私をひとりにした事を気にした春水の手前、それは言えなかったけれど。
「そんなに気になるなら、春水、どうだろう、さんと仕合ってみないか?」
え?!
お兄さんの言葉に、私も春水も目が点になった……と思う。
「う、うそだぁ……」
勝ってしまった。春水に。私は1本をとった姿勢のまま呆然と呟き、春水は1本とられた姿勢のまま呆然と私を見る。
そんな私達を、お兄さんはにっこりと笑いながら……否、にやりと笑いながら見ているような気になって来たのは……気のせいじゃないはずだ。
「さんの勝ちだね。春水、油断していただろう。私の予想では五分五分だったのに、予想よりあっさりと勝負がついてしまったじゃないか」
「ご、五分、ですか……?」
私が、春水と同じくらいの強さだと……?
「そうだよ、さんは今の春水と同等の強さだと思う。もちろん、これからもそうだとは保証できない。人は変化するものだからね。……春水、稽古をさぼっていたツケが回ってきたな」
お兄さんが私に言葉をかけた後に、春水に向けて言った言葉は痛烈だった。
うっわぁ……。私、今までお兄さんがお父さん似で、春水がお母さん似だと思ってたけど、それって外見だけじゃない。中身はまったく逆だぁ……!!!
笑っているお兄さんの目前で、私と春水は同時に「参ったね」という顔をした。
一緒に暮らしていると、微妙な所が似てくるのかもしれない。
その日はそのまま、お兄さんが春水の屋敷に泊る事になった。
弟の屋敷に泊る事になったと、使用人の方に伝言を頼むお兄さんの姿に、私はこっそりと苦笑した。3ヶ月もこのお屋敷に住んでいても、未だにそういった『貴族の規格』という物には慣れる事ができなかったからだ。まだ贈られ続けているあの人達からの『お土産』にも、一向に慣れない……まぁ、それは、あの人達に対する嫌悪感も一役買っているのだろうけど。
始めて『3人』で食べた夕餉の後、のんびりと食後の休憩をしながら、話題は自然のなりゆきのように今日の稽古の事になっていく。
もう夜もふけて寒いから、縁側でなく室内で座り込んで話した。
「って、才能あったんだねぇ……」
「だからそれは、お兄さんの教え方が上手いから」
「いや、才能は確かにあると思うよ。春水が稽古をさぼっていたとしても、同年代の中ではそこそこの腕だと思う。それと同等になるまでに、わずか3ヶ月だからね」
「も、持ち上げないでください……」
非常に、気まずい……というか、照れくさい。
「ボク、ちょっと稽古をさぼらないようにしようかな……せめてよりは強くなっておきたい……」
女の子よりは強い男の子で居たいっていう、物凄く『男の子』な春水のぼやきに、私はくすくすと笑ってしまう。
「大丈夫、春水ならきっと、あっという間に私を抜くよ」
なにしろ将来、隊長格になる男の子だ。才能は絶対、私よりもあるんだから、努力さえすれば実力が伸びるに決まっている。
「さんの言う通りだな。真央霊術院に入学するなら、大丈夫だ」
……。
お、お兄さん……!
なごやかな空気が一気に凍り付きましたよ?!
私がハラハラし出すのと、春水が不機嫌な声で抗議したのは同時だったと思う。
「兄上。ボクは、と一緒じゃないのなら、入学するつもりないから」
「あぁ、だからお前は、入学するんだろう?」
へ?
「あの……、それって、まさか……」
絶句した春水に変わって、私は恐る恐る尋ねた。
そんな私を見てとってから、お兄さんはゆったりとした笑顔になる。
「父上と母上は、さんと春水を一緒に入学させる気になったみたいだからね。僭越ながら私も、さんの剣術の腕と、潜在的な霊力に関しては保障しておいたよ」
その言葉を聞いて、私は思考が凍り付きそうだった。でも此処で沈黙したままでは、このまま流されてしまう……!
「ま、待って下さい! 私、霊力なんてありません!!!」
声を大にして反論した。
お兄さんの笑みは、増々深くなっていく。
「では、何故、さんは、私が稽古を付けた日に限って、いつもよりお腹がすいていたのかな?」
「え? ……」
「私はね、春水の兄で、当然ながらこの子より先に生まれている。春水の屋敷にいる使用人の中には、以前、私の屋敷にいた者も大勢いるんだよ。さんの事を尋ねたら、快く答えてくれた。あなたがどういう風にこの屋敷で過ごしているのか……あなたが時々、空腹を訴える事もね。それは必然と、霊力がある証拠だ」
春水だけじゃなく、私まで絶句した。
そして同時に、目から鱗が落ちる気分だった。
あの漫画が好きだったのに、その設定を知っていたはずなのに、私は今、この瞬間まで、私が空腹を感じる事と霊力があると言う事を、繋げて考えていなかったのだ。お腹がすく事なんて、生前まで当たり前すぎるくらいに当たり前の事で……。
「……、に、霊力が……?」
絶句し続ける私の横で、やっと春水が息を吹き返したようだ。呆然とした口調で呟いて、お兄さんに頼りなく視線を向ける。
「春水、気が付いていなかったのかい? まぁ、確かにさんの力は、何故か奥に奥に隠れているような感じで複雑だけれどね……。きちんと探れば、間違えようがない。何なら今、視てみれば良い。それから諦めなさい。春水とさんの入学は、たぶん、決定事項だよ」
お兄さんは、最後まで、微笑みながら話していた。
大人の笑顔だった。
その日の夜も、春水と私は一緒の布団で寝る事になっていたのだけど、お風呂上がりの後、お布団をはさんでお互いの顔を複雑な気分で見る事となった。
「「ごめん」なさい」
お布団越しの謝罪は、ほぼ同時。
言った後で、またお互いの顔を見て、今度は苦笑いする。
「春水は、私を巻き込んだ事を気にしてるのね?」
「は、ボクが入学する切っ掛けになったことを気にしてるんだろう?」
「私の事は、気にしないで良いのよ」
「それならボクの事だって、気にしないで良いんだよ」
交互に、お互いの言い分を伝えあってから、今度は吹き出した。
笑いながら、言う。
「春水、これからもよろしく」
「ボクの方こそ、これからもよろしく、」
春水に対して、悪いなぁって気持ちはあったけれど、私はちょっと浮かれている気分だった。春水も、同じなのだろう。3ヶ月くらいの同居生活だったけど、良い事ばかりでもなかったけど、なんとなく、春水とずっと一緒にいれたら良いなって、そう、思い始めていたから。
真央霊術院に一緒に入学するという、寮室まで一緒だという、それは、悪くない事だった。
むしろ、一回生から六回生までの六年間は、ずっと一緒にいられる約束が出来たような物で。
楽しみなくらい。
「じゃあ、今日はもう寝ようか」
「うん。おやすみなさい、春水」
「おやすみ、」
あの嫌な人達の事はひとまず置いておいて、私達は、しあわせな気分で眠りについた。
気が付けば、私は満天の夜空の下に居て。
「あれ……?」
思い出すのは、吹き飛ばされる前の事、きれいな男の人と、その言葉。
「でも、今は……地面に花が咲いてるし……」
あの時は、天地左右すべてに満天の夜空だった。
違う場所?
「ま、正確には違う場所だがな。ほぼ同じだと思って良いと思うぜ、」
居た。きれいな人だ……否。
「以前お会いした時と、印象変わってませんか?」
「あぁ、やっぱり判るか」
それはもう。以前は男の人にしてはやわらかい物腰の、やさしげな印象が先立つ人だったのに、今はかなり男らしいと言うか、大変に迫力のある顔つきになっている。……顔立ちは同じだ、たぶん骨格も、それなのに印象ががらりと違うのだ。双子なのかしら?
私が頷いたのを見てとってから、その人は目を細めて笑った。猫みたい。
「まず、俺の名前は、――――だ。聞こえたか?」
「いえ、まったく聴こえません。かき消されたみたいに」
「そうだ。俺が名乗っても否定される。たぶん、俺の半分が名乗ってもな……。あちらとは随分と違うが、それがこちらのルールで、俺達は此処で生きるために此処のルールに従うモノとなった。つまりが俺達の『たったひとつの名』を捕えない限り、俺達がいくら率先して名乗っても無駄だ」
「あ……!」
そこまで説明されて、予想がついた。
「あなたが、私の斬魄刀なんですか……?」
「正確には『俺達』が、の斬魄刀だ。俺達は元々、の守護霊みたいなもんだった。これはたしか、あちらに居る時にあいつが伝えたと思うが」
「はい、そう言ってらっしゃいました。あの、俺達って事は、まさか二刀一対……?」
「それは違う。ニ刀一対ではない」
「あぁ、そうなんですか。良かった……」
「良かった?」
「はい。だってなんかそれって、あの『京楽隊長』と『浮竹隊長』の間に、割って入るみたいじゃないですか。私はそんな事したくないです。二刀一対が『ふたつだけ』だからこそ、素敵な存在だなって感じたくらいですし……そこに割って入るなんてとんでもないです」
「へぇ……。やっぱりお前、良いな。おもしろい。守護しているのも悪くなかったが、お前の中に取り込まれたのも悪くない」
ぎょっとする。
「取り込まれた?!!」
「応。『俺達』はお前の周囲に居る状態で、お前を護っていたんだ。だがお前の子を助ける為、あいつがとった行動によって、お前と俺達は此処に吹き飛ばされ……俺達はお前も含めて異質だから……この世界のルールに強制的に従う事になっちまった。そして俺達は気が付いたらお前の周囲じゃなく、お前の中にがっちりと取り込まれて『お前の斬魄刀』になっていた」
「じゃあ、今居る、ここは……」
夜空と花の満ちた、此処は、私の心の中なのかな?
一護が斬月に出会ったみたいな?
なんだか凄く、違和感があるんだけど。
「あぁ、ここはお前の精神だが……元々は『外』に居た俺達を取り込んじまったせいで、俺達の『力』でほとんど染められちまってな……悪かった。お前の中に元々あった心の景色は、一応あいつが護ったみたいなんだが、そのせいでそれを説明すべきあいつは弱って眠っちまったし……」
「あの人、弱っているの? 私、まだお礼も言ってないのに……」
赤ちゃんを助けてくれて、ありがとうと、それすらも伝えていない。
「大丈夫だ。その内に起きる。礼ならその時に伝えてやれ。きっと喜ぶ。俺はあいつで、あいつは俺だから、それくらいは判るんだ」
「……あの、俺はあいつでって、どういう意味? それってまるで」
「二重人格だよ」
「……」
マジッすか。
「なんだ? 二重人格の斬魄刀が居たって良いだろう。というか、そうなっちまったもんは、しょうがねぇだろ」
もうこうなったら仕方ないだろって感じの、開き直った口調に、苦笑するしかない。
なんか、ニ刀一対ではないと言われても、これもかなり特殊なパターンになるんじゃないかな? ふたつの人格っていうと恋次の斬魄刀を思い出すけど、あれは身体が繋がっていても脳はきちんと分かれていた。その上に個々の人格が確立されていたから、正確には二重人格ではないのだろうし。
「あっ、二重人格と言う事は斬魄刀の名前も『2つ』……?」
「名前は同じだよ、あいつも俺も。『たったひとつの名』しか持たない。ただなんっつーか、性質が全然違うからなぁ……ひょっとしたらには、苦労かけちまうかもしれんが……」
「斬魄刀に苦労しない死神って、いないと思う」
思わず突っ込む。あの漫画を読んでいて、そんな事を思った事があった。仲良くなってから屈服させるなんて、かなり微妙な『おつき合い』を要求されるんじゃないの? って。まさかそれを実感する日がくるとは、思ってなかったけど。
「これからよろしくね。なるべく早く、名前を知れるようにがんばるから」
「あぁ、よろしく頼む。……そうだ、の目がさめる前に、見せておきたい物があるんだ」
そう言って差し出された手を、なんだろうと思いながら掴んだ瞬間。
「え…………?」
景色が一変していた。
頭上の空は青、白い雲が少しだけ混じって流れている。足元には一面の緑の草原で、そよ風に吹かれて薙いでいる。
「これが、が元々持って居た心の景色で、あいつが護ったものだ。あっちにある、あれが中心だな」
指し示された草原の向こうには、1本の木が在った。
それは私が、あちらに居た時によく見かけていた、近所にある木にそっくりで。
「……弱っても、これを、護ってくれたんだ……」
涙が出て来た。
木なんて、あちらの日常の中では日々の暮らしに埋没する存在だと思っていた。けれどその日常から切り離されて3ヶ月、もう二度と見れなくなっていた物をもう一度見れた途端に、懐かしさと愛しさが、せきを切ったように溢れ出す。
涙を拭う事もできなかった。目が、離せなかった。
「ここも、私の精神の中なんだよね……? 霊力を思いのままに扱えるようになったら、いつでも見れるようになるんだ……?」
「あぁ。ここはの精神の中でも、奥の方になるな。あいつがの元々の心の景色を護る時、とにかく奥へ奥へと宝物みたいに仕舞い込んじまったせいだが……。霊力をモノにしちまえば、いつでも見れるようになる」
ふと、お兄さんの言葉を思い出す。
――何故か奥に奥に隠れているような感じで複雑――
私が元々持っていた物と、今目の前に居る彼の力と、今は弱っている彼の力が、私の中でひとつになっているせい?
そう、思い至ったのが最後になった。
思わずそんな事を思うくらいに、今、目の前でにこにこと笑っているお兄さんと、そのお兄さんを見据える春水の目つきが凄かった。
「……どうして、兄上が、に稽古をつけているのさ」
「それはもちろん、お前に置いてかれて、この屋敷でひとりきりで可哀想なさんのお相手を、不肖の弟に代わってしているんだよ」
「お兄さん! 私、可哀想じゃないです!!! 春水も気にしないで!」
慌てて突っ込みを入れた。お兄さんの言葉を聞いて目を見開いた春水が、私の事を見て泣きそうに顔を歪めたのだ。
「、気にしないでって言われても……ボクがをひとりにしていたのは……本当の事だし……」
私よりずっと大きな身体の春水が、シュンとして項垂れる。
「ひとりでって言っても昼から夕方までじゃない! 本当に気にしないで良いのよ。ね?」
春水を悲しませるつもりなんてなかったのに、結果的にそうなってしまった。私の言葉に不承不承でも春水が頷いてくれたのを確かめてから、春水を背に庇うようにしてお兄さんに向き直る。
「春水を、悲しませるような事をおっしゃるのなら、お兄さんでも許しません。そういう風に春水を虐めるのは、止めて下さい」
声音の硬くなった私の言葉を聞くと、お兄さんは苦笑して頷いてくれた。良かった……。
2人が落ち着いてから、いつもの縁側で、今日は私を間に挟んで3人で座る事となった。
「それにしても、兄上が夕方まで此処に居るなんて、珍しいね」
「そういえば、そうですよね。今までずっと、夕方前には御帰宅なさっていらしたのに……」
だからこそ、習い始めて3ヶ月過ぎても、春水とお兄さんがかち合わなかったんだろうけど。
「あぁ、近頃はさんのお相手をするのが特に楽しくなってきてね。つい長居をしてしまった。それに今日と明日は、逢う予定になっていた四楓院家の方の御予定が崩れて、仕事に値する事がなくなったから」
四楓院、という言葉にドキリとする。春水がこれだけ若いって事は、夜一さんはどのくらいの歳なんだろう……?
「に教えるのが、楽しいって……?」
「そう。急激に、剣術の腕が伸びている、砂に水が染み込むみたいにね。今まで何の指導もなかったのが、逆に良かったと私は思っている。変な癖が付いていなくて、実に教えやすい」
お兄さんの言葉に、ちょっと反論したくなった。
「それは、お兄さんの教え方が上手いからじゃないですか? 教わっていて、楽しいから苦になりませんし」
お兄さんが居ない時にしていた自主練習も、ひとりで居る時の暇つぶしにはもってこいだったのだ。……さっきあんな風に私をひとりにした事を気にした春水の手前、それは言えなかったけれど。
「そんなに気になるなら、春水、どうだろう、さんと仕合ってみないか?」
え?!
お兄さんの言葉に、私も春水も目が点になった……と思う。
「う、うそだぁ……」
勝ってしまった。春水に。私は1本をとった姿勢のまま呆然と呟き、春水は1本とられた姿勢のまま呆然と私を見る。
そんな私達を、お兄さんはにっこりと笑いながら……否、にやりと笑いながら見ているような気になって来たのは……気のせいじゃないはずだ。
「さんの勝ちだね。春水、油断していただろう。私の予想では五分五分だったのに、予想よりあっさりと勝負がついてしまったじゃないか」
「ご、五分、ですか……?」
私が、春水と同じくらいの強さだと……?
「そうだよ、さんは今の春水と同等の強さだと思う。もちろん、これからもそうだとは保証できない。人は変化するものだからね。……春水、稽古をさぼっていたツケが回ってきたな」
お兄さんが私に言葉をかけた後に、春水に向けて言った言葉は痛烈だった。
うっわぁ……。私、今までお兄さんがお父さん似で、春水がお母さん似だと思ってたけど、それって外見だけじゃない。中身はまったく逆だぁ……!!!
笑っているお兄さんの目前で、私と春水は同時に「参ったね」という顔をした。
一緒に暮らしていると、微妙な所が似てくるのかもしれない。
その日はそのまま、お兄さんが春水の屋敷に泊る事になった。
弟の屋敷に泊る事になったと、使用人の方に伝言を頼むお兄さんの姿に、私はこっそりと苦笑した。3ヶ月もこのお屋敷に住んでいても、未だにそういった『貴族の規格』という物には慣れる事ができなかったからだ。まだ贈られ続けているあの人達からの『お土産』にも、一向に慣れない……まぁ、それは、あの人達に対する嫌悪感も一役買っているのだろうけど。
始めて『3人』で食べた夕餉の後、のんびりと食後の休憩をしながら、話題は自然のなりゆきのように今日の稽古の事になっていく。
もう夜もふけて寒いから、縁側でなく室内で座り込んで話した。
「って、才能あったんだねぇ……」
「だからそれは、お兄さんの教え方が上手いから」
「いや、才能は確かにあると思うよ。春水が稽古をさぼっていたとしても、同年代の中ではそこそこの腕だと思う。それと同等になるまでに、わずか3ヶ月だからね」
「も、持ち上げないでください……」
非常に、気まずい……というか、照れくさい。
「ボク、ちょっと稽古をさぼらないようにしようかな……せめてよりは強くなっておきたい……」
女の子よりは強い男の子で居たいっていう、物凄く『男の子』な春水のぼやきに、私はくすくすと笑ってしまう。
「大丈夫、春水ならきっと、あっという間に私を抜くよ」
なにしろ将来、隊長格になる男の子だ。才能は絶対、私よりもあるんだから、努力さえすれば実力が伸びるに決まっている。
「さんの言う通りだな。真央霊術院に入学するなら、大丈夫だ」
……。
お、お兄さん……!
なごやかな空気が一気に凍り付きましたよ?!
私がハラハラし出すのと、春水が不機嫌な声で抗議したのは同時だったと思う。
「兄上。ボクは、と一緒じゃないのなら、入学するつもりないから」
「あぁ、だからお前は、入学するんだろう?」
へ?
「あの……、それって、まさか……」
絶句した春水に変わって、私は恐る恐る尋ねた。
そんな私を見てとってから、お兄さんはゆったりとした笑顔になる。
「父上と母上は、さんと春水を一緒に入学させる気になったみたいだからね。僭越ながら私も、さんの剣術の腕と、潜在的な霊力に関しては保障しておいたよ」
その言葉を聞いて、私は思考が凍り付きそうだった。でも此処で沈黙したままでは、このまま流されてしまう……!
「ま、待って下さい! 私、霊力なんてありません!!!」
声を大にして反論した。
お兄さんの笑みは、増々深くなっていく。
「では、何故、さんは、私が稽古を付けた日に限って、いつもよりお腹がすいていたのかな?」
「え? ……」
「私はね、春水の兄で、当然ながらこの子より先に生まれている。春水の屋敷にいる使用人の中には、以前、私の屋敷にいた者も大勢いるんだよ。さんの事を尋ねたら、快く答えてくれた。あなたがどういう風にこの屋敷で過ごしているのか……あなたが時々、空腹を訴える事もね。それは必然と、霊力がある証拠だ」
春水だけじゃなく、私まで絶句した。
そして同時に、目から鱗が落ちる気分だった。
あの漫画が好きだったのに、その設定を知っていたはずなのに、私は今、この瞬間まで、私が空腹を感じる事と霊力があると言う事を、繋げて考えていなかったのだ。お腹がすく事なんて、生前まで当たり前すぎるくらいに当たり前の事で……。
「……、に、霊力が……?」
絶句し続ける私の横で、やっと春水が息を吹き返したようだ。呆然とした口調で呟いて、お兄さんに頼りなく視線を向ける。
「春水、気が付いていなかったのかい? まぁ、確かにさんの力は、何故か奥に奥に隠れているような感じで複雑だけれどね……。きちんと探れば、間違えようがない。何なら今、視てみれば良い。それから諦めなさい。春水とさんの入学は、たぶん、決定事項だよ」
お兄さんは、最後まで、微笑みながら話していた。
大人の笑顔だった。
その日の夜も、春水と私は一緒の布団で寝る事になっていたのだけど、お風呂上がりの後、お布団をはさんでお互いの顔を複雑な気分で見る事となった。
「「ごめん」なさい」
お布団越しの謝罪は、ほぼ同時。
言った後で、またお互いの顔を見て、今度は苦笑いする。
「春水は、私を巻き込んだ事を気にしてるのね?」
「は、ボクが入学する切っ掛けになったことを気にしてるんだろう?」
「私の事は、気にしないで良いのよ」
「それならボクの事だって、気にしないで良いんだよ」
交互に、お互いの言い分を伝えあってから、今度は吹き出した。
笑いながら、言う。
「春水、これからもよろしく」
「ボクの方こそ、これからもよろしく、」
春水に対して、悪いなぁって気持ちはあったけれど、私はちょっと浮かれている気分だった。春水も、同じなのだろう。3ヶ月くらいの同居生活だったけど、良い事ばかりでもなかったけど、なんとなく、春水とずっと一緒にいれたら良いなって、そう、思い始めていたから。
真央霊術院に一緒に入学するという、寮室まで一緒だという、それは、悪くない事だった。
むしろ、一回生から六回生までの六年間は、ずっと一緒にいられる約束が出来たような物で。
楽しみなくらい。
「じゃあ、今日はもう寝ようか」
「うん。おやすみなさい、春水」
「おやすみ、」
あの嫌な人達の事はひとまず置いておいて、私達は、しあわせな気分で眠りについた。
気が付けば、私は満天の夜空の下に居て。
「あれ……?」
思い出すのは、吹き飛ばされる前の事、きれいな男の人と、その言葉。
「でも、今は……地面に花が咲いてるし……」
あの時は、天地左右すべてに満天の夜空だった。
違う場所?
「ま、正確には違う場所だがな。ほぼ同じだと思って良いと思うぜ、」
居た。きれいな人だ……否。
「以前お会いした時と、印象変わってませんか?」
「あぁ、やっぱり判るか」
それはもう。以前は男の人にしてはやわらかい物腰の、やさしげな印象が先立つ人だったのに、今はかなり男らしいと言うか、大変に迫力のある顔つきになっている。……顔立ちは同じだ、たぶん骨格も、それなのに印象ががらりと違うのだ。双子なのかしら?
私が頷いたのを見てとってから、その人は目を細めて笑った。猫みたい。
「まず、俺の名前は、――――だ。聞こえたか?」
「いえ、まったく聴こえません。かき消されたみたいに」
「そうだ。俺が名乗っても否定される。たぶん、俺の半分が名乗ってもな……。あちらとは随分と違うが、それがこちらのルールで、俺達は此処で生きるために此処のルールに従うモノとなった。つまりが俺達の『たったひとつの名』を捕えない限り、俺達がいくら率先して名乗っても無駄だ」
「あ……!」
そこまで説明されて、予想がついた。
「あなたが、私の斬魄刀なんですか……?」
「正確には『俺達』が、の斬魄刀だ。俺達は元々、の守護霊みたいなもんだった。これはたしか、あちらに居る時にあいつが伝えたと思うが」
「はい、そう言ってらっしゃいました。あの、俺達って事は、まさか二刀一対……?」
「それは違う。ニ刀一対ではない」
「あぁ、そうなんですか。良かった……」
「良かった?」
「はい。だってなんかそれって、あの『京楽隊長』と『浮竹隊長』の間に、割って入るみたいじゃないですか。私はそんな事したくないです。二刀一対が『ふたつだけ』だからこそ、素敵な存在だなって感じたくらいですし……そこに割って入るなんてとんでもないです」
「へぇ……。やっぱりお前、良いな。おもしろい。守護しているのも悪くなかったが、お前の中に取り込まれたのも悪くない」
ぎょっとする。
「取り込まれた?!!」
「応。『俺達』はお前の周囲に居る状態で、お前を護っていたんだ。だがお前の子を助ける為、あいつがとった行動によって、お前と俺達は此処に吹き飛ばされ……俺達はお前も含めて異質だから……この世界のルールに強制的に従う事になっちまった。そして俺達は気が付いたらお前の周囲じゃなく、お前の中にがっちりと取り込まれて『お前の斬魄刀』になっていた」
「じゃあ、今居る、ここは……」
夜空と花の満ちた、此処は、私の心の中なのかな?
一護が斬月に出会ったみたいな?
なんだか凄く、違和感があるんだけど。
「あぁ、ここはお前の精神だが……元々は『外』に居た俺達を取り込んじまったせいで、俺達の『力』でほとんど染められちまってな……悪かった。お前の中に元々あった心の景色は、一応あいつが護ったみたいなんだが、そのせいでそれを説明すべきあいつは弱って眠っちまったし……」
「あの人、弱っているの? 私、まだお礼も言ってないのに……」
赤ちゃんを助けてくれて、ありがとうと、それすらも伝えていない。
「大丈夫だ。その内に起きる。礼ならその時に伝えてやれ。きっと喜ぶ。俺はあいつで、あいつは俺だから、それくらいは判るんだ」
「……あの、俺はあいつでって、どういう意味? それってまるで」
「二重人格だよ」
「……」
マジッすか。
「なんだ? 二重人格の斬魄刀が居たって良いだろう。というか、そうなっちまったもんは、しょうがねぇだろ」
もうこうなったら仕方ないだろって感じの、開き直った口調に、苦笑するしかない。
なんか、ニ刀一対ではないと言われても、これもかなり特殊なパターンになるんじゃないかな? ふたつの人格っていうと恋次の斬魄刀を思い出すけど、あれは身体が繋がっていても脳はきちんと分かれていた。その上に個々の人格が確立されていたから、正確には二重人格ではないのだろうし。
「あっ、二重人格と言う事は斬魄刀の名前も『2つ』……?」
「名前は同じだよ、あいつも俺も。『たったひとつの名』しか持たない。ただなんっつーか、性質が全然違うからなぁ……ひょっとしたらには、苦労かけちまうかもしれんが……」
「斬魄刀に苦労しない死神って、いないと思う」
思わず突っ込む。あの漫画を読んでいて、そんな事を思った事があった。仲良くなってから屈服させるなんて、かなり微妙な『おつき合い』を要求されるんじゃないの? って。まさかそれを実感する日がくるとは、思ってなかったけど。
「これからよろしくね。なるべく早く、名前を知れるようにがんばるから」
「あぁ、よろしく頼む。……そうだ、の目がさめる前に、見せておきたい物があるんだ」
そう言って差し出された手を、なんだろうと思いながら掴んだ瞬間。
「え…………?」
景色が一変していた。
頭上の空は青、白い雲が少しだけ混じって流れている。足元には一面の緑の草原で、そよ風に吹かれて薙いでいる。
「これが、が元々持って居た心の景色で、あいつが護ったものだ。あっちにある、あれが中心だな」
指し示された草原の向こうには、1本の木が在った。
それは私が、あちらに居た時によく見かけていた、近所にある木にそっくりで。
「……弱っても、これを、護ってくれたんだ……」
涙が出て来た。
木なんて、あちらの日常の中では日々の暮らしに埋没する存在だと思っていた。けれどその日常から切り離されて3ヶ月、もう二度と見れなくなっていた物をもう一度見れた途端に、懐かしさと愛しさが、せきを切ったように溢れ出す。
涙を拭う事もできなかった。目が、離せなかった。
「ここも、私の精神の中なんだよね……? 霊力を思いのままに扱えるようになったら、いつでも見れるようになるんだ……?」
「あぁ。ここはの精神の中でも、奥の方になるな。あいつがの元々の心の景色を護る時、とにかく奥へ奥へと宝物みたいに仕舞い込んじまったせいだが……。霊力をモノにしちまえば、いつでも見れるようになる」
ふと、お兄さんの言葉を思い出す。
――何故か奥に奥に隠れているような感じで複雑――
私が元々持っていた物と、今目の前に居る彼の力と、今は弱っている彼の力が、私の中でひとつになっているせい?
そう、思い至ったのが最後になった。
