邂逅編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ

from scratch 03

 春水の屋敷で過ごし始めて9日目、女性用の着物を自力で着るのはあきらめていた。というか、着付けをしようとした一日目の昨日、あんな人達に逢ったせいで私の中でその格好は良い印象にならなかったのだ。春水が選んでくれるお古の袴のほうがずっと良い。
 春水は私が既に袴の着付けをできる事に、気が付いていないようだった。
 毎朝起きてから、袴を春水に着せてもらうのは小さな子どものようで恥ずかしかったけど、私が自力で着付けできていると知ったら、昼にする事がなくなった私を心配するあまり、昼から夕方にかけて出かける事すらしなくなりそうで申し訳ない。春水は優しすぎると思う。
 それに何より。
 あんな人達が来た時に、春水が屋敷にいるのは嫌だ。それぐらいなら私があの人達と対面した方がマシだ。ただ笑って、断わりを入れておいて『お土産』を受け取るだけでいい。お世辞も装飾した言葉も右から左で過ごしてしまえば気にならない。そんな部分でしか春水を守れないのは辛かったけど、何もしないよりはマシだった。
 だから今日も、笑っていってらっしゃいと言って春水を見送った。





「こんにちは、お嬢さん。春水はまた不在なのかな?」
 その人は、今の春水よりもぐっと背の高く、がっしりした体格の男性だった。
 今日も昨日のような人達が来て - 春水を見送ったのは正解だったとつくづく思った。昨日の人達とは別人だったけど、言ってる事はほぼ同じだ。――その対応を終えた私は、気分転換を兼ねて縁側に腰掛けていた。
 そんな時、縁側の庭先にその人は現れた。手には竹刀だけを持っていて、『お土産』になるようなものは何もない。それだけでホッとした私は、機嫌良く受け答えする。
「春水は出かけています。夕方には戻ります。……春水のお友達ですか?」
「いや、あの子の兄なんだけどね」
「え?!!」
「そんなに驚かなくても……」
「あ、その口調とお声はとても似ていらっしゃいます。納得できました」
 顔立ちはあまり似ていない。強いて言えば、その体格が春水の将来なるだろう『京楽隊長』と通じる物があるだけだ。
 お兄さんが立ったままなのに私が座ったままでいられないので、納得した後はすぐに立ち上がった。
「君は? 春水の恋人かな?」
「私はと申します。春水の友達です。春水の恋人な人達は、ちゃんと他に居ます。私は、春水の好意でこちらにお世話になっているだけです。流魂街に居て、身寄りがなかったので、此処で過ごせる事が出来て感謝しています」
 深く礼をしながらご挨拶をする。
 友達だと言う事と、春水が無理矢理連れて来た訳じゃないんですって事が、伝わって欲しかった。それに流魂街の出身だと言っておけば、『感謝』にも真実味がでるだろう。
 本当は、流魂街どころじゃなくて、この世界のどこにも、身寄りがないのだけど。
「……友達?」
「はい。恋人なら、今、春水が逢いに出掛けている先に居る人です。肉体関係があるって言ってましたし」
「……失礼を承知で聞かせて欲しいんだが、君は春水と寝てないのかい?」
「この屋敷の皆さんが誤解されて、お布団は一緒にして寝てますけど、肉体関係はないです」
 ここは、ハッキリさせておかなくては。
 私がきっぱり言い切ると、お兄さんは微妙な顔になった……信じてくれなかったのかな。
「あの、本当に恋人ではないんです。えっと……そうだっ、むしろ私にとって春水って赤ちゃんみたいなんです! 体温が高くて、一緒に寝てると温かくて可愛いんです!!!」

 爆笑された。

「し、失礼した……っ」
 お兄さんは私の力説を庭先で存分に笑い倒してくれた。そんなに可笑しな事を言った覚えはないんですけど! それでもどうにもお兄さんの笑いのツボにはまったらしくて、これでもかと言うくらいに笑われた。
 今も、微妙に笑いが残っている。
 お兄さんの笑い声に使用人の皆さんが気が付いて、さっきまで簡素だった縁側には、座り心地の良い座ぶとんや喉越しの良いお茶や色とりどりのお菓子が揃い、私とお兄さんは即席のお茶会状態だ。
「……笑われたのは別に良いんですけど、友達だって信じていただけました?」
「あぁ、信じるよ。さんはなんというか、面白いお嬢さんだね」
「はぁ……」
 己の事は、自分自身では良く判らなくて、曖昧に頷くしかない。
「あの子は、夕方には戻ってくるんだね。ここに」
「はい。ずっと夕餉を一緒させてもらってました。今日はお兄さんもご一緒しますか?」
「そうか、ずっとねぇ……。あぁ、私は夕餉前には私の屋敷に帰らなくてはならないんだ。残念だが」
「そうなんですか」
 それだとすれ違いになってしまう。うーん、ホントに残念だなぁ。離れて暮らしているご家族なら尚の事、時たま会える喜びがあるだろうに。
「今日来たのはひさびさに、あの子に稽古をつけてやろうと思ってね。ここしばらく忙しかったから、かまってやれなくて」
「それで竹刀を……」
 良く見ればちゃんと2本持っている。そうか、春水の言っていた勉強って、武芸の事も含んでたのか。
さんは剣術をしないのかい?」
 私が袴姿だったせいか、そんな事を尋ねられた。
「いえまったく経験なしです。興味はあるんですけど、習う機会がなかったので」
「興味があるのなら、私が稽古をつけようか」
「え? ……あの、良いんですか?」
「春水に稽古をつけるつもりで何の予定もいれていなくてね。良ければその時間に付き合っていただきたい」
「それでは、ご指導のほどよろしくお願いします」
 着付けの勉強も終えて、暇だったのは私も同じだ。断る理由なんて何処にもなかった。






 夕方、春水が帰宅する前に、お兄さんは帰っていかれた。
 剣術の指導は厳しいながらも楽しかった。教えてくださる合間に、「昔の春水を思い出すなぁ」とか「あの子も最初はこうだったんだよ」などと、始終なごやかな笑いがあったのも効いたと思う。厳しいんだけど、楽しい。
「くーっ、明日は筋肉痛になりそう……」
 汗臭くなった着物は脱いで、身体に残った汗をお湯に濡らした手拭いで拭いて、着替え終えてさっぱりした私は、畳の上にごろりと寝転がってのびをする。
「……着付け、出来るようになってて良かった……」
 お兄さんは私が毎日屋敷に居ると知って、暇つぶし用の自主練習のメニューを教えてくれたし、明日からは暇になるなんて事、なさそうだ。

、……
「……ふにゃ?」
「何て声をだしてるんだい。もう夕餉の時間だよ」
 目を開けると、春水が私を覗き込んでいた。障子越しに見える空の色は、疾うに暮れた紺色で。
「あれ……? もしかして私、寝てた?」
「これ以上ないくらいに、ぐっすりと」
「うわ。疲れたせいかな? ごめんね春水、出迎えもできなかったし、ご飯待たせちゃった?」
 上半身だけ起した私の動きに合わせて、私の顔を覗き込んでいた春水は顔を引いて苦笑した。
「ご飯は待たせてない。それより、やっぱり今日も、昨日みたいな人達が来たみたいだね」
「うん」
 って、あれ? 返事をしてから気が付いたんだけど、お兄さんが来た事は、使用人の皆さんの誰も春水に言ってないの? 
 そんな私の疑問を、口に出させる間もなく、春水はすぐに続きを話していく。
「あれはね、どうもボクがこういうのを買ってたのが不味かったみたいだ」
 そう言って春水が差し出してくれた物は、毎日の習慣になっていた、私にくれる可愛らしい小物の類で。
「あ! そうかー、それでかぁ」
「うん。ボクがこういうのを贈る女性が居るって事が、噂になってたみたいでねぇ……」
「しかも屋敷に住まわせている事も噂になってたんだ」
 そうでなければ、わざわざ此処まで来ない。
「だろうねぇ……」
 私のツッコミに、春水は苦笑いだ。私も苦笑するしかない。
「春水、気にしないで行こうよ。変な約束をしなければ良いだけだしさ」
にそう言ってもらえると、凄く助かる……。でも、本当に嫌な目にあいそうになったら、誰かを呼んで。この屋敷のみんなには、の事をくれぐれも頼むって言ってあるけど、ボクが居ない間は、やっぱり心配だし」
「わかった」
 話し終えて、では夕餉を……と立ち上がった後で気が付いた。
「? 、どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ」
 春水は、結局ひとこともお兄さんの事を話さなかった。私もなんとなく、言いそびれてしまった。





 春水の屋敷で過ごし始めて20日目、とうとう春水のご両親に逢った。正確には、春水に逢いに来ると前日に伝達してきたご両親と対面する、春水の側に控える形で逢った。いつものように袴姿だったのは、ちょっと失礼かなと思ったけど仕方ない。綺羅綺羅した着物は嫌だ。
 対面しながら、お兄さんはお父さん似で、春水はお母さん似かな……そんな事を感じながらも、物凄く、緊張した。名乗って、頭を下げて、こちらにお世話になっていますと言う事を、お兄さんに言った時とほとんど変わらない内容を、もっと丁寧な言葉にして伝える。
 そうしたらまたもや爆笑された。
「え? え? ……しゅ、春水、私、なにか変な事を言った?」
 まさかご両親まで爆笑するとは思ってなくて、慌てた私の問いかけに、春水はがっくりと畳に手を付いている。
「…………」
 私の名前を呟くその顔が、何故か首筋まで真っ赤だ。
 何か失敗したんだろうか? 恐くなってオロオロしはじめると、そんな私に春水のお母さんは笑いかけて来た。
さん……とおっしゃるのね」
「は、はい!」
「これからも春水の『良いお友達』で居て下さいな。それでね、この屋敷に住む事になったのだし、私の事を母だと思ってくれないかしら? 私、娘が欲しかったの」
 凄く優しい、『お母さん』の顔だった。あちらに残して来た私のお母さんを、ふと思い出してじんと来る。
「私でよければ、喜んで……」
「良かった、嬉しいわ。あなた、それで宜しいわね?」
 私の言葉に、にっこりと笑ったお母さんは、一転してきりりとした顔で横に並んで座っている旦那様を見遣る。旦那様はそれにちょっと引きながらも頷いてくれた。顔が、さっきの爆笑の名残りなのか、ちょっと苦笑していたけれど。
 奥さんに頭があがらない……恐妻家なのかも……。
 私がそれを見てしみじみ感じ入っていると、春水がこちらを見て『だから大丈夫って言っただろう?』と、いつもの顔で笑った。
「だが、それと真央霊術院に入学する件は、別の事だ」
 お父さんの一言で、その場にピンと緊張が走る。
「同じ事です。ボクは、と離れるつもりはありません。もしどうしてもと言うのなら、以前、伝えたように、と一緒の寮室にしてください」
 もし、この時の私がお茶を飲んでいたのならば、盛大に噴いていただろう。
 一緒の寮室って……! 
 そんな事は聞いていない! っていうか、無茶苦茶な主張だよ!!! 寮っていうのは普通、男女別々なものでしょう?! 
 あぁ……でも、確かにこれなら梃子でも入学してやるものか! という主張になる。
 春水の主張に驚いたけど、どうして嫌なのか既に知ってしまった私は、落ち着くにつれて苦い気持ちになって、お母さん達の顔がまともに見れなくなった。春水はご両親に心配をかけたくなくて、あんな人達が来ているという事を、伝えていないと言っていた。今、お母さん達を見てしまったら、どうして春水の気持ちに気付いてあげないの?! と、理不尽な怒りをぶつけてしまいそうだったから。
 此処にいる誰も悪くない。
 でも、上手くいかない。
 春水とお父さん、それに時々お母さんが口論するのを、私はとても悲しい気持ちで聞き続けた。

 口論は結局、いつまでも平行線のまま終わってしまった。
『自宅で学ばないのなら、強制的に真央霊術院へ入学させる』というお父さんの主張と。
『入学は絶対にしない。どうしてもと言うのなら、と一緒に』という春水の主張と。
 お母さんは時々、お父さんの援護をしたりヒートアップするお父さんを宥めたり春水を宥めたりして、深刻な家庭内口論になるのを避けているようだった。
「良い家族なのにね」
「そうかな……?」
 ご両親が帰宅した後、口論に疲れ果てて正座を崩して足を伸ばし、ぐったりと座り込んでいる春水の隣に、私も足を伸ばしながらぴたりと寄り添うように座り込んだ。
 ぬくもりが少しでも慰めになれば良い。
「良い家族だよ。お父さんもお母さんも、春水が学ばないままなのを心配してる」
「……うん」
「春水は、ご両親に変な心配を掛けないようにしてる」
「……」
「良い家族だよ、とっても」
 無言になった春水の背中を慰めるつもりで軽く叩いてみたら、春水は身体をぐらりと傾けてきて、私の肩口に顔を埋めた。
 私と向かい合って抱き合うような形になったけど、その腕は私の身体に廻されない。まるで無言の悲鳴みたいで、それが堪らなくなって、私の方から両腕をその身体に回した。いつか、春水が入学させられるまで、私の存在がわずかでも支えになれたらと、願う。

 その日、私達はいつものように一緒の布団で眠ったけれど、抱きしめあいながらだったのは、初日以来の事だった。

END: from scratch 03

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This fan fiction by ぞら
初出: 2005年12月24日

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