邂逅編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ
ringing 07
初めて虚と対峙した後なのだから、また夢の中で、私の中の斬魄刀と会えるだろうと思っていた。
今まで、私や私の周囲に何かあると『彼等』は必ず会ってくれたから、今夜も、きっと会える。
そう、思い込んでいた。
目にまぶしい朝日と共に、それは驕りだったと思い知る。
「……会えなかった」
寝起きのかすれた声で、ぽつんと囁く。遅くに眠って、気が付けばもう朝になっている。夢だから会えた事すら忘れたとかじゃなくて、本当に会えなかったのだと実感する。
なんだか、凄くさびしい。
「、だいじょうぶ?」
「え? あ、春水……おはよう」
「ん、おはよう、」
布団の中で、春水はそう言いながら私を改めて抱き寄せて、その手で私の背を労るように撫でてくれる。私は春水の腕の中にすっぽり入ってしまったので、その顔は見えないけれど、その仕種が凄く優しくて。
「春水……私、何か変な寝言でも言ってたのかな?」
こんな風に優しくしてくれるくらい、何か心配かけちゃったの?
「寝言は言ってなかったよ」
苦笑する、気配。
とても近いから、やわらかな息遣いさえ感じて。
「それなら、なんで?」
「ん、さっき、起き抜けに『会えなかった』って言ってたでしょ。……やっぱり昨日、現世に行けたのに、家族に会えなくて、さびしかったのかと思って」
……え?
何、それ?
抱きしめてもらいながら、私は呆然とする。何か凄く誤解されてないかな?!
家族とは確かに死に別れてるけど、世界さえ超えて、時代も超えた。だから昨日、現世へ行く時も家族に会えるとは一度も思わなかった。寝起きに『会えなかった』と言ってもそれは家族に対してではなくて、私の斬魄刀である彼等に会えなかったからだ。
でも、春水は、私が現世に行く事で、まだ生きている私の家族と私が、会えるかもしれないって、考えてくれてたんだ? もしかして、魂葬の授業で現世に行くと分かった時から、ずっと、私の事、気にかけてくれていたの?
十四郎の身体の事だって、あったのに。
なんか、もう本当に、優し過ぎるよ春水。
かなわないなぁ……。
理由は違ったけれど、さっきは本当にさびしかった。
そんな気持ちを察して、優しく心配してくれて。
堪らないと思う。
今はもう、さびしいって気持ちが綺麗になくなって。
「……春水」
「ん?」
「ありがとう……すごく、元気でた」
こんな簡単な言葉でしか言えないのが歯がゆいけれど。
「……どういたしまして」
お礼を言いながらぎゅっと抱きしめたら、ぎこちない言葉が返ってくる。
恋人さん達と遊んでるのに、妙に純情で、男の子らしい戸惑いだった。
なんだか微笑ましくて、私は声もなく笑いながら、大きな身体をもう一度ぎゅっと抱きしめ直す。
そうしたらまたちょっとぎこちない感じになるのが分かって、今度こそクスクスと声を出して笑えてしまった。
斬魄刀の彼等に会えなかったのは残念だけど、それはまた次の機会に頑張ろうって、思いながら。
いつも通り寮内の食堂で朝ご飯を食べるために十四郎を迎えに行ったら、私達を待っていた十四郎の顔色が悪くて吃驚する。
「顔色が悪いよ、十四郎。体調を崩したのなら、休んでたほうが……」
思わず、あんまり心配するのも良くないとわかっているのに、声を掛けてしまった。
髪の色に負けず劣らず、真っ白な顔色。
「、違う。体調は崩していない」
私が本当に? と視線を向けると、十四郎は困ったように苦笑して、本当だと頷いた。
そんな私と十四郎を見て、春水は困ったように笑う。
「確かに今度は霊圧が安定しているけどさぁ。前に体調の悪化を隠すような事をしたから、この件に関しては信用ないんだよ? 浮竹」
「言ってくれるな、京楽」
春水を睨みあげる十四郎の苦笑がもっと深くなるのを見ながら、私は春水の言った通り十四郎の霊圧が安定しているのを感じて、ちょっと混乱する。
「えっと、じゃあ、なんでそんなに顔色が悪いの?」
「そんなに顔色に出ているのか?」
「ボクもも吃驚するぐらい悪いよ」
「……そ、そうか」
十四郎は春水にさっくりと断言されてちょっと言葉に詰まった後、弱ったなぁと言うように片手で髪の毛を掻いていている。
「体調不良でないのなら、何なんだい?」
「いや、まぁ、その……今日は、俺の入学を反対していた先生達との話し合いがあるはずなんだ。魂葬の授業の翌日には、もう一度きちんと話し合おうと約束していたから。だから改めて、俺が真央霊術院の生徒としてやって行けるかどうか、先生方と面と向かって話し合うんだと思って……どうも、それで、緊張しているみたいだな、俺は」
十四郎は、困ったように笑って、春水の問いにきちんと答えてくれたけど、その内容に私は驚いた。
顔色が悪くなるほど緊張するなんて。
「そんなに心配しなくても、昨日の授業内容だったら、心配ない。大丈夫だよ!」
魂葬の予定が、実際には昇華滅却までおこなった授業。
あれの何処にも、十四郎の落ち度なんてない。
昨日、現世から帰還した後にお会いした先生方は皆一様に誉めてくれたし、どこにも心配するような事なんてないよ!
「の言う通りだよ。浮竹が退学になるなんて、考えられないね」
私と春水がそろって太鼓判を押したのに、十四郎は困ったように笑うだけで、その顔色が普通の血色に戻る事はなくて。
「そうだな……心配かけてすまん。大丈夫だから、もう食堂に行こう」
ちっとも大丈夫そうに見えない顔で微笑んだ十四郎が、それでもしっかりとした足取りで歩きだす。
私の隣に居た春水は、十四郎に気付かれないような小声で溜め息を吐くように、こっそりと呟いた。
「あれだね、ボクとの心は、今ひとつになってるよね」
「だね」
何もかも、ひとりで背負おうとする十四郎から、その荷を無理矢理にでも奪い取ってしまいたいとか。
色々と思っていても、結局は根本的な解決への手助けが出来ないのだ。
ちょっと、いや、かなり、悔しい。
病は、本人にしか、背負えない。
私達に出来る事はあまりにも少ない。
けれど。
「……私、寝起きに春水に心配してもらえて、嬉しかったから」
「うん?」
「十四郎の迷惑にならない程度に気遣うのは、きっと十四郎のためになるよ」
私がそうだったように。
「……そっか」
「うん、そうだよ」
こそこそと話しながら、ゆっくりと十四郎の後を追いかける。
「先生達と十四郎が話し合うの、こっそり聞けないかな」
「……、霊圧や気配、消せる?」
「うっ……無理、かも。というか、どんなに消したつもりでも、先生達にばれちゃいそうだよ」
「あぁ確かに……。山じぃも居るしねぇ」
ダメだ! 速攻でバレルよ盗み聞き!!!
春水の指摘に、私はがっくりと項垂れた。
少し先に歩き過ぎていた十四郎が、遅れて歩いていた私達に気が付いて声をかける。
顔色は緊張のせいで白いまま、それでも気丈に「一緒に行こう」と笑う。
どんなに緊張していても、笑う事を忘れない姿がカッコ良かった。
なんだか惚れ惚れとしながら私も笑い返して「一緒に行く」と応えつつ、それは、それだけの言葉ではないと気が付いた。
私、いつの間にか春水や十四郎と……ふたりと、ずっと一緒に居たいと思い始めてる。
その気持ちが、「一緒に行く」と応えながら、すとんと心に落ちてくるみたいに、分かってしまった。
気が付いてしまった。
この世界に来て、春水と出会って友達になって、十四郎と出会って友達になって、今を良い関係で過ごしていると思う。ふたりの事、凄く良い友達だなって思うし、私自身もそんなふたりにとっての良い友達で居られたらと思っている。今、毎日が充実していると思う。
でも、本当に、ずっと一緒に居られるとは、思っていなかった。
入学して、特進学級に振り分けられた時も、私はエリートって柄じゃないと思った。
担任の先生に特進学級から落ちこぼれる生徒も居ると説明を聞いた時も、その可能性に逆にホッとしたぐらいだ。
いつか春水や十四郎と、別のクラスになってもかまわないと、その時はまだ、そう思っていた。
寮が一緒なだけで、良いんだって。
いつか、ふたりと縁遠くなるのも、仕方ないって。
でも、今は、いつまでもふたりと一緒のクラスじゃなきゃイヤだと思ってしまう。
クラスだけじゃない、卒業した後も、ずっと一緒にって思ってしまう。
どうしよう。
ふたりとも、隊長になる人なのに。
いつまでも一緒に居たいだなんて、イコール、護廷十三隊に入隊したいって事で、死神になりたいという事だ。それも、出来れば隊長格クラスの死神に。
無茶苦茶な願い、だ。
私、凄く欲張りになってる。
けれど、朝になって寮の食堂で私とそんなに体格が変わらない十四郎が私よりずっとたくさんのご飯を食べていたり、それと同じくらいたくさんのご飯を春水が食べているのに育った環境からなのかちょっと驚くほど箸使いが綺麗だったりする姿とか、一緒に剣術の授業を受ける時の普段とはギャップのあるカッコイイ姿とか、そんな風に身近に居るからこそ分かる姿をこれから先もずっと見て居たいって、そういう望みをぜんぶ、諦める事が出来るかと問われたら、応えは『否』だ。
諦めきれない、すべて。
夕刻、十四郎が先生達との話し合いに向かった後、春水は手持ち無沙汰になったのかふいっとどこかに消えた。多分、いつもの恋人さん達のところかなって思う。
私はその間に、学院近くの林の奥に入って行って、夕闇の下で立っていた。
「斬魄刀に、会おう」
一言、気合いを入れて言い切る。
これは私の我が侭だ。
魂葬の授業の前に思っていた『護りたい』と言う気持ちは今もあるけれど、それと同時に欲深い気持ちをしっかりと自覚してしまった。
「これから先、春水や十四郎と一緒に過ごせるように、私と一緒に戦って下さいって、ちゃんと、お願いしないと」
彼等は元から斬魄刀と言う存在じゃない。元々は私の守護霊みたいなものだって言っていたけど、それなら尚更、私の今の願いは彼等にとって良くない事なんじゃないかなって思う。
自ら、危険な道に進む事を、望んで。
「……あ」
『……は本当に、僕を呼ぶことの意味が分かっている?』
「そっか……そう言う事だ」
彼等を呼ぶという事は、私が本当に死神になるって事。
そして、彼等の力を手に入れると同時に、私は彼等に護られているだけの者じゃなくなる。
彼等と一緒に、戦う人になるって事。
極端な話、私が彼等の力を使って、誰かを傷つける事だって、あり得る。
斬魄刀で虚以外を斬ってしまった死神を、私は読んで知っている。力を持つ故の悲劇。それを思い出して、私は深々と溜め息を吐いた。
「……それでも、呼びたいよ」
かぐらやみ。
ポッと心に陽が灯るように、その名前が浮かぶ。
瞳を瞬き、息を飲む。
かぐらやみ、……輝暗闇……?
「嘘……、だってまだ、私は一回生で」
焦って呟きながら、いつのまにか周囲の林が消えて、満天の星と花畑になっている事に気が付く。
そうだ。満天の、星々。
太極であり太一であり乾坤の、始まりの闇と輝き。
一番最初に『彼』に会った時、『それだけ』じゃなかった?!
花畑の中で、その『天』を呆然と見上げる。
「……輝く、暗闇。だから、輝暗闇……?」
呟きながら、こんなに早く知ってしまった事に対して、落ち着かない気持ちになった。だって全然実感が湧かない。まさかもう始解とか出来るようになるのかなって思うと『まだ早い』と感じてしまう。
一回生で始解なんて……信じられない。
この『名前』、本当に正しいんだろうか? 間違ってないのかな?!
自分自身を疑い始めて増々落ち着かなくなった私は、真偽を確かめようと周囲を見渡して彼等を探してしまう。ほどなく少し離れた位置の花畑の上に寝転がっている姿を見つけて。
焦る気持ちのまま慌てて側に駆け寄ってみたら、寝転んだままの彼が、綺麗な顔を歪めて凄い迫力で私を睨みあげながら毒づいた。
「……俺は怒ってる」
え、えぇと。
そろりと、静かにその側に腰を下ろして、とりあえず出来るだけ見下ろすような格好は止めて、不機嫌そうな彼を刺激しないように、そっと囁く。
「……か、輝暗闇?」
「応」
「……ほ、ホントウに?」
「本当に。……畜生、に名前を呼ばれてすっげ嬉しいが、俺は怒ってるんだぞ」
「……うん。私、凄く我が侭だなって、自覚してる」
正義と言えるような、凄い物はなにひとつ持っていない。
ただ、側に居たいなって気持ち。
大好きな友達がピンチの時には何か手助けしたいとか、護りたいとか。
一緒に、笑ったりしていたいなって、それだけだ。
誰もが当たり前のように持つ気持ちだけで、彼等の『力』を望むなんて……。
「馬鹿、そうじゃねぇよ」
「え?」
「そういう気持ちは悪くねぇと思うし、俺はがそう望むんならそれに応えたいって思う。……きっと、もうひとりの俺も同じ気持ちだ」
「……う、うん」
なら、なんで怒ってるんだろう?
「……京楽春水と浮竹十四郎、そいつ等の為にが危険なめに遭うかもしれんと思うと、怒れてくるんだ」
それって。
『過保護』って単語がどーんと頭の中をよぎる。
--- なんか、ちっちゃい子みたいに思われていて凄く照れるんですけど。
--- と言うか、斬魄刀にこんな心配をかける私って一体……。
--- あぁ、でも、元が守護霊なんだから、そういうモノなんだろうか?
思わず、ぐるぐると色んな考えが巡ってしまった。
けど、今はとにかくやっと名前が呼べて嬉しいなって、そういう気持ちも込めてお礼を言いたかった。私の望みに応えてくれる気持ちだとか、私を心配してくれる気持ちは、とてもありがたくて、嬉しいから。
「心配してくれてありがとう、輝暗闇」
「……応」
ちょっと照れたように笑った綺麗な顔が、私を見上げて嬉しそうに瞳を細める。いつもは肉食獣みたいなのが、猫みたいになってる。
その表情に、私はホッと息を吐く。
知らず緊張していた身体から、余分な力が抜けていく感じがする。
「もっと後に『ふたり』の名前がわかるのかと思っていたから、吃驚したけど嬉しいよ」
「俺も驚いた、けど嬉しいぜ。ただ、名前が判ったって言っても、始解ができるとは思えねぇんだな、これが」
え?
言われた言葉にポカンとして輝暗闇を見つめたら、彼は皮肉混じりに笑ってから腹筋の力だけで軽く上半身を起こして、相変わらず綺麗で迫力のある、それでも慰めるような表情で「だからな」と私に笑い掛ける。
「俺達は二重人格で、名前は『ひとつだけ』だ。それでは、始解をする時に俺達の『ひとつだけの名前』を呼ぶ。その結果、どちらを呼べると思う?」
あ……。
「名前だけじゃ、どっちも呼べない?」
「応。多分、な。たしか始解する時は祝詞の声をあげるだろう? 俺達にはそれぞれの性質があるから、始解の祝詞は二種類だと思うが、それはまだ判らねぇんだろ?」
そういえば、そうだ。始解って、名前だけじゃなくて、掛け声みたいなのとワンセットだった。
「うん。そういう『言葉』は、判らないまま……」
輝暗闇の問いに頷きながら、やっぱり始解はまだ早いんだなと実感すると同時に、思い描いた予測に目眩を覚える。
「あ、あの、どちらかを『呼ぶ』始解が二種類になるのなら、芋づる式に、具象化もそれぞれを『呼ぶ』事になるから二種類になって、……必然的に卍解も、二種類って事にならない……?」
具象化にたどり着くのも、卍解を修得するのも、とても大変なはずなのに。
「まぁ、そうだろうな」
あっさりと認められて、私は息を飲み込んだ。
単純計算で、苦労は二倍って事?!
春水と十四郎といつまでも一緒に居るために『力』が欲しいと願っているから、諦めきれないから、どんなに大変でも頑張るつもりだけど、それでもちょっとだけ怯んでしまう。
そんな私の内心を読んだのか、輝暗闇はバツが悪そうに言う。
「悪ぃな、苦労かけちまう。普通の二重人格ならともかく、俺はもうひとりの俺に『命』も『力』も『性質』もきっちり与えて生んじまったから……。斬魄刀になっても、それが反影されてるんだろ」
生んだ……って。
「あなたの方が、主人格なの?」
「最初に生まれていたって意味なら、その通りだ。でも別に、もうひとりの俺が偽者って訳じゃない。俺は、俺には出来ない事が、出来る俺が欲しかったんだ。……なぁ、あいつは良い奴だろう?」
「……うん」
私は頷きながら、輝暗闇の物言いに戸惑った。
自分自身の事を話す輝暗闇の瞳には、どこか遠くを見るような、痛々しい光があった。同時に「あいつは良い奴だろう?」と言った声は、切なくなるほど優しい。もうひとりの自分自身を大切に思っているんだなって感じながら、もしかして彼は、彼自身の事は卑下しているのかもしれないと、思う。『何か』を出来ない事がある彼自身を、悔しいって気持ち。
それって、誰でも一度は思う事だ。
足りない自分自身に、苛立ちを感じる気持ち。
「あ……あのね、輝暗闇。私にも、今、出来ない事がいっぱいあるよ。昨日、虚と対峙して痛感した事とか、色々。でも、輝暗闇と一緒に出来るようになる事も、いっぱいあると思う。それは嬉しい。春水と十四郎とずっと一緒に居るためにも、色んな事が出来るようになりたいし、がんばろうって思ってる。で……でも、……」
上手く、気持ちが言葉になるかな? ちゃんと、伝えられるかな?!
「私は、輝暗闇とも、一緒に居たいんだよ。輝暗闇にできない事があっても、一緒に居たい。完璧なヒトだから好きになった訳じゃ、ない。だ、だから」
そんな顔、しないで。
今朝、輝暗闇に会えなくて本当にさびしかった。それぐらい好きなんだよって、続けて言おうとしたら、その前にぎゅっと抱きしめられて。
「……、かぐらやみ?」
「……は、やっぱり、面白いな」
私を抱きしめながら呟く声が、最後になった。
気が付けば、林の奥でひとりきり、立ち尽くしたまま。
一回生で斬魄刀の名前を知ってしまった驚きは、それでも始解が出来ないだろうと言う現状を認識する事でなんとか落ち着けて、深々と溜め息を吐く。
始解が出来るまで、この事は内緒にしていたほうが良いかな。何でそんな事になったのか説明しようとしたら、どうしても無理があるし。
すっかり暮れてしまった空の下で、思わず苦笑する。
二種類の始解に、具象化に、卍解かぁ……。
春水と十四郎とずっと一緒に、それを叶えるのは、とても大変そうだ。
「でも、諦めきれないよね」
ふたりの事、大好きだし、と微笑んで。
この世界に来たばかりの時には、思いつく事も出来なかった選択肢を選び始めている。
いつのまにか迫力のある、あの輝暗闇に対してもタメ口になりかけていたように。
段々と、この世界にも馴染んでいくように。
私は此処で、生きていたい。
あのふたりの、側で。
疾うに暮れていた空に急かされるように、門限間近の寮に足早に帰った私は、十四郎の霊圧を探した。
先生達との話し合いは、もう終わっているだろうから。
――――あ、春水と一緒に私達の部屋に居る。
「さん、廊下に油をひいて磨いたばかりだから、走ると危ないよ」
「あっ、ありがとうございます! ……っと、あわっ」
思わず走り出しかけた私に、門を閉めに玄関先まで来ていた景清先輩が注意を促してくれる。この人は本当に、こういう雑用を押し付けられやすい人のようだった。
景清先輩の言葉を聞いて、咄嗟に止まろうとしたら、ピカピカの廊下と足袋との摩擦で滑りかけて体勢を整える。
あ、危なかった……!
あのまま走っていたら、廊下におでこから突っ込んでたよ。
はやる気持ちを押さえながら、転ばないように注意して部屋に急ぐ。きっと十四郎は退学にならずに済んで大丈夫だって思うけど、一番の問題は十四郎自身が今どんな気持ちなんだろうって事だもの。
顔色が治っているのかどうか、それだけでも確かめたい。
「ただいま!」
はやる気持ちのまま、勢い良く部屋に帰った私を、畳の上に座り込んで談笑していたらしい春水と十四郎は驚いた様子で見上げて、その後に。
「おかえり、」
春水がいつものようにゆったりと笑って。
「、お邪魔してる、おかえり」
十四郎がいつものように、にっこりと笑う。
ふたりとも、凄く晴々とした良い笑顔。
それで充分だった。
安堵と嬉しさで泣きそうな感じになりながら、私はもう一度「ただいま」と笑って言う。
「ね、やっぱり、十四郎、大丈夫だったでしょう?」
「あぁ、の言う通りだった」
「盗み聞きもばれちゃったしねぇ」
「嘘っ?! 春水ずるい! 抜け駆け!!」
「京楽! に余計な事言うなよ?!!」
「ん〜? どうしようかなぁ?」
「……後でこっそり」
「!!! 京楽!!!」
「あははははははっ」
部屋の中で、三人一緒に、子犬みたいにじゃれあって。
きっと、入学する前にごたごたした時のように、十四郎の病のように、嫌な事も、なるようにしかならない事もあるだろうけど、そんな憂いも吹き飛ばすように、私達は思いきり笑いあっていた。
それぞれに、鳴り響くように。
今まで、私や私の周囲に何かあると『彼等』は必ず会ってくれたから、今夜も、きっと会える。
そう、思い込んでいた。
目にまぶしい朝日と共に、それは驕りだったと思い知る。
「……会えなかった」
寝起きのかすれた声で、ぽつんと囁く。遅くに眠って、気が付けばもう朝になっている。夢だから会えた事すら忘れたとかじゃなくて、本当に会えなかったのだと実感する。
なんだか、凄くさびしい。
「、だいじょうぶ?」
「え? あ、春水……おはよう」
「ん、おはよう、」
布団の中で、春水はそう言いながら私を改めて抱き寄せて、その手で私の背を労るように撫でてくれる。私は春水の腕の中にすっぽり入ってしまったので、その顔は見えないけれど、その仕種が凄く優しくて。
「春水……私、何か変な寝言でも言ってたのかな?」
こんな風に優しくしてくれるくらい、何か心配かけちゃったの?
「寝言は言ってなかったよ」
苦笑する、気配。
とても近いから、やわらかな息遣いさえ感じて。
「それなら、なんで?」
「ん、さっき、起き抜けに『会えなかった』って言ってたでしょ。……やっぱり昨日、現世に行けたのに、家族に会えなくて、さびしかったのかと思って」
……え?
何、それ?
抱きしめてもらいながら、私は呆然とする。何か凄く誤解されてないかな?!
家族とは確かに死に別れてるけど、世界さえ超えて、時代も超えた。だから昨日、現世へ行く時も家族に会えるとは一度も思わなかった。寝起きに『会えなかった』と言ってもそれは家族に対してではなくて、私の斬魄刀である彼等に会えなかったからだ。
でも、春水は、私が現世に行く事で、まだ生きている私の家族と私が、会えるかもしれないって、考えてくれてたんだ? もしかして、魂葬の授業で現世に行くと分かった時から、ずっと、私の事、気にかけてくれていたの?
十四郎の身体の事だって、あったのに。
なんか、もう本当に、優し過ぎるよ春水。
かなわないなぁ……。
理由は違ったけれど、さっきは本当にさびしかった。
そんな気持ちを察して、優しく心配してくれて。
堪らないと思う。
今はもう、さびしいって気持ちが綺麗になくなって。
「……春水」
「ん?」
「ありがとう……すごく、元気でた」
こんな簡単な言葉でしか言えないのが歯がゆいけれど。
「……どういたしまして」
お礼を言いながらぎゅっと抱きしめたら、ぎこちない言葉が返ってくる。
恋人さん達と遊んでるのに、妙に純情で、男の子らしい戸惑いだった。
なんだか微笑ましくて、私は声もなく笑いながら、大きな身体をもう一度ぎゅっと抱きしめ直す。
そうしたらまたちょっとぎこちない感じになるのが分かって、今度こそクスクスと声を出して笑えてしまった。
斬魄刀の彼等に会えなかったのは残念だけど、それはまた次の機会に頑張ろうって、思いながら。
いつも通り寮内の食堂で朝ご飯を食べるために十四郎を迎えに行ったら、私達を待っていた十四郎の顔色が悪くて吃驚する。
「顔色が悪いよ、十四郎。体調を崩したのなら、休んでたほうが……」
思わず、あんまり心配するのも良くないとわかっているのに、声を掛けてしまった。
髪の色に負けず劣らず、真っ白な顔色。
「、違う。体調は崩していない」
私が本当に? と視線を向けると、十四郎は困ったように苦笑して、本当だと頷いた。
そんな私と十四郎を見て、春水は困ったように笑う。
「確かに今度は霊圧が安定しているけどさぁ。前に体調の悪化を隠すような事をしたから、この件に関しては信用ないんだよ? 浮竹」
「言ってくれるな、京楽」
春水を睨みあげる十四郎の苦笑がもっと深くなるのを見ながら、私は春水の言った通り十四郎の霊圧が安定しているのを感じて、ちょっと混乱する。
「えっと、じゃあ、なんでそんなに顔色が悪いの?」
「そんなに顔色に出ているのか?」
「ボクもも吃驚するぐらい悪いよ」
「……そ、そうか」
十四郎は春水にさっくりと断言されてちょっと言葉に詰まった後、弱ったなぁと言うように片手で髪の毛を掻いていている。
「体調不良でないのなら、何なんだい?」
「いや、まぁ、その……今日は、俺の入学を反対していた先生達との話し合いがあるはずなんだ。魂葬の授業の翌日には、もう一度きちんと話し合おうと約束していたから。だから改めて、俺が真央霊術院の生徒としてやって行けるかどうか、先生方と面と向かって話し合うんだと思って……どうも、それで、緊張しているみたいだな、俺は」
十四郎は、困ったように笑って、春水の問いにきちんと答えてくれたけど、その内容に私は驚いた。
顔色が悪くなるほど緊張するなんて。
「そんなに心配しなくても、昨日の授業内容だったら、心配ない。大丈夫だよ!」
魂葬の予定が、実際には昇華滅却までおこなった授業。
あれの何処にも、十四郎の落ち度なんてない。
昨日、現世から帰還した後にお会いした先生方は皆一様に誉めてくれたし、どこにも心配するような事なんてないよ!
「の言う通りだよ。浮竹が退学になるなんて、考えられないね」
私と春水がそろって太鼓判を押したのに、十四郎は困ったように笑うだけで、その顔色が普通の血色に戻る事はなくて。
「そうだな……心配かけてすまん。大丈夫だから、もう食堂に行こう」
ちっとも大丈夫そうに見えない顔で微笑んだ十四郎が、それでもしっかりとした足取りで歩きだす。
私の隣に居た春水は、十四郎に気付かれないような小声で溜め息を吐くように、こっそりと呟いた。
「あれだね、ボクとの心は、今ひとつになってるよね」
「だね」
何もかも、ひとりで背負おうとする十四郎から、その荷を無理矢理にでも奪い取ってしまいたいとか。
色々と思っていても、結局は根本的な解決への手助けが出来ないのだ。
ちょっと、いや、かなり、悔しい。
病は、本人にしか、背負えない。
私達に出来る事はあまりにも少ない。
けれど。
「……私、寝起きに春水に心配してもらえて、嬉しかったから」
「うん?」
「十四郎の迷惑にならない程度に気遣うのは、きっと十四郎のためになるよ」
私がそうだったように。
「……そっか」
「うん、そうだよ」
こそこそと話しながら、ゆっくりと十四郎の後を追いかける。
「先生達と十四郎が話し合うの、こっそり聞けないかな」
「……、霊圧や気配、消せる?」
「うっ……無理、かも。というか、どんなに消したつもりでも、先生達にばれちゃいそうだよ」
「あぁ確かに……。山じぃも居るしねぇ」
ダメだ! 速攻でバレルよ盗み聞き!!!
春水の指摘に、私はがっくりと項垂れた。
少し先に歩き過ぎていた十四郎が、遅れて歩いていた私達に気が付いて声をかける。
顔色は緊張のせいで白いまま、それでも気丈に「一緒に行こう」と笑う。
どんなに緊張していても、笑う事を忘れない姿がカッコ良かった。
なんだか惚れ惚れとしながら私も笑い返して「一緒に行く」と応えつつ、それは、それだけの言葉ではないと気が付いた。
私、いつの間にか春水や十四郎と……ふたりと、ずっと一緒に居たいと思い始めてる。
その気持ちが、「一緒に行く」と応えながら、すとんと心に落ちてくるみたいに、分かってしまった。
気が付いてしまった。
この世界に来て、春水と出会って友達になって、十四郎と出会って友達になって、今を良い関係で過ごしていると思う。ふたりの事、凄く良い友達だなって思うし、私自身もそんなふたりにとっての良い友達で居られたらと思っている。今、毎日が充実していると思う。
でも、本当に、ずっと一緒に居られるとは、思っていなかった。
入学して、特進学級に振り分けられた時も、私はエリートって柄じゃないと思った。
担任の先生に特進学級から落ちこぼれる生徒も居ると説明を聞いた時も、その可能性に逆にホッとしたぐらいだ。
いつか春水や十四郎と、別のクラスになってもかまわないと、その時はまだ、そう思っていた。
寮が一緒なだけで、良いんだって。
いつか、ふたりと縁遠くなるのも、仕方ないって。
でも、今は、いつまでもふたりと一緒のクラスじゃなきゃイヤだと思ってしまう。
クラスだけじゃない、卒業した後も、ずっと一緒にって思ってしまう。
どうしよう。
ふたりとも、隊長になる人なのに。
いつまでも一緒に居たいだなんて、イコール、護廷十三隊に入隊したいって事で、死神になりたいという事だ。それも、出来れば隊長格クラスの死神に。
無茶苦茶な願い、だ。
私、凄く欲張りになってる。
けれど、朝になって寮の食堂で私とそんなに体格が変わらない十四郎が私よりずっとたくさんのご飯を食べていたり、それと同じくらいたくさんのご飯を春水が食べているのに育った環境からなのかちょっと驚くほど箸使いが綺麗だったりする姿とか、一緒に剣術の授業を受ける時の普段とはギャップのあるカッコイイ姿とか、そんな風に身近に居るからこそ分かる姿をこれから先もずっと見て居たいって、そういう望みをぜんぶ、諦める事が出来るかと問われたら、応えは『否』だ。
諦めきれない、すべて。
夕刻、十四郎が先生達との話し合いに向かった後、春水は手持ち無沙汰になったのかふいっとどこかに消えた。多分、いつもの恋人さん達のところかなって思う。
私はその間に、学院近くの林の奥に入って行って、夕闇の下で立っていた。
「斬魄刀に、会おう」
一言、気合いを入れて言い切る。
これは私の我が侭だ。
魂葬の授業の前に思っていた『護りたい』と言う気持ちは今もあるけれど、それと同時に欲深い気持ちをしっかりと自覚してしまった。
「これから先、春水や十四郎と一緒に過ごせるように、私と一緒に戦って下さいって、ちゃんと、お願いしないと」
彼等は元から斬魄刀と言う存在じゃない。元々は私の守護霊みたいなものだって言っていたけど、それなら尚更、私の今の願いは彼等にとって良くない事なんじゃないかなって思う。
自ら、危険な道に進む事を、望んで。
「……あ」
『……は本当に、僕を呼ぶことの意味が分かっている?』
「そっか……そう言う事だ」
彼等を呼ぶという事は、私が本当に死神になるって事。
そして、彼等の力を手に入れると同時に、私は彼等に護られているだけの者じゃなくなる。
彼等と一緒に、戦う人になるって事。
極端な話、私が彼等の力を使って、誰かを傷つける事だって、あり得る。
斬魄刀で虚以外を斬ってしまった死神を、私は読んで知っている。力を持つ故の悲劇。それを思い出して、私は深々と溜め息を吐いた。
「……それでも、呼びたいよ」
かぐらやみ。
ポッと心に陽が灯るように、その名前が浮かぶ。
瞳を瞬き、息を飲む。
かぐらやみ、……輝暗闇……?
「嘘……、だってまだ、私は一回生で」
焦って呟きながら、いつのまにか周囲の林が消えて、満天の星と花畑になっている事に気が付く。
そうだ。満天の、星々。
太極であり太一であり乾坤の、始まりの闇と輝き。
一番最初に『彼』に会った時、『それだけ』じゃなかった?!
花畑の中で、その『天』を呆然と見上げる。
「……輝く、暗闇。だから、輝暗闇……?」
呟きながら、こんなに早く知ってしまった事に対して、落ち着かない気持ちになった。だって全然実感が湧かない。まさかもう始解とか出来るようになるのかなって思うと『まだ早い』と感じてしまう。
一回生で始解なんて……信じられない。
この『名前』、本当に正しいんだろうか? 間違ってないのかな?!
自分自身を疑い始めて増々落ち着かなくなった私は、真偽を確かめようと周囲を見渡して彼等を探してしまう。ほどなく少し離れた位置の花畑の上に寝転がっている姿を見つけて。
焦る気持ちのまま慌てて側に駆け寄ってみたら、寝転んだままの彼が、綺麗な顔を歪めて凄い迫力で私を睨みあげながら毒づいた。
「……俺は怒ってる」
え、えぇと。
そろりと、静かにその側に腰を下ろして、とりあえず出来るだけ見下ろすような格好は止めて、不機嫌そうな彼を刺激しないように、そっと囁く。
「……か、輝暗闇?」
「応」
「……ほ、ホントウに?」
「本当に。……畜生、に名前を呼ばれてすっげ嬉しいが、俺は怒ってるんだぞ」
「……うん。私、凄く我が侭だなって、自覚してる」
正義と言えるような、凄い物はなにひとつ持っていない。
ただ、側に居たいなって気持ち。
大好きな友達がピンチの時には何か手助けしたいとか、護りたいとか。
一緒に、笑ったりしていたいなって、それだけだ。
誰もが当たり前のように持つ気持ちだけで、彼等の『力』を望むなんて……。
「馬鹿、そうじゃねぇよ」
「え?」
「そういう気持ちは悪くねぇと思うし、俺はがそう望むんならそれに応えたいって思う。……きっと、もうひとりの俺も同じ気持ちだ」
「……う、うん」
なら、なんで怒ってるんだろう?
「……京楽春水と浮竹十四郎、そいつ等の為にが危険なめに遭うかもしれんと思うと、怒れてくるんだ」
それって。
『過保護』って単語がどーんと頭の中をよぎる。
--- なんか、ちっちゃい子みたいに思われていて凄く照れるんですけど。
--- と言うか、斬魄刀にこんな心配をかける私って一体……。
--- あぁ、でも、元が守護霊なんだから、そういうモノなんだろうか?
思わず、ぐるぐると色んな考えが巡ってしまった。
けど、今はとにかくやっと名前が呼べて嬉しいなって、そういう気持ちも込めてお礼を言いたかった。私の望みに応えてくれる気持ちだとか、私を心配してくれる気持ちは、とてもありがたくて、嬉しいから。
「心配してくれてありがとう、輝暗闇」
「……応」
ちょっと照れたように笑った綺麗な顔が、私を見上げて嬉しそうに瞳を細める。いつもは肉食獣みたいなのが、猫みたいになってる。
その表情に、私はホッと息を吐く。
知らず緊張していた身体から、余分な力が抜けていく感じがする。
「もっと後に『ふたり』の名前がわかるのかと思っていたから、吃驚したけど嬉しいよ」
「俺も驚いた、けど嬉しいぜ。ただ、名前が判ったって言っても、始解ができるとは思えねぇんだな、これが」
え?
言われた言葉にポカンとして輝暗闇を見つめたら、彼は皮肉混じりに笑ってから腹筋の力だけで軽く上半身を起こして、相変わらず綺麗で迫力のある、それでも慰めるような表情で「だからな」と私に笑い掛ける。
「俺達は二重人格で、名前は『ひとつだけ』だ。それでは、始解をする時に俺達の『ひとつだけの名前』を呼ぶ。その結果、どちらを呼べると思う?」
あ……。
「名前だけじゃ、どっちも呼べない?」
「応。多分、な。たしか始解する時は祝詞の声をあげるだろう? 俺達にはそれぞれの性質があるから、始解の祝詞は二種類だと思うが、それはまだ判らねぇんだろ?」
そういえば、そうだ。始解って、名前だけじゃなくて、掛け声みたいなのとワンセットだった。
「うん。そういう『言葉』は、判らないまま……」
輝暗闇の問いに頷きながら、やっぱり始解はまだ早いんだなと実感すると同時に、思い描いた予測に目眩を覚える。
「あ、あの、どちらかを『呼ぶ』始解が二種類になるのなら、芋づる式に、具象化もそれぞれを『呼ぶ』事になるから二種類になって、……必然的に卍解も、二種類って事にならない……?」
具象化にたどり着くのも、卍解を修得するのも、とても大変なはずなのに。
「まぁ、そうだろうな」
あっさりと認められて、私は息を飲み込んだ。
単純計算で、苦労は二倍って事?!
春水と十四郎といつまでも一緒に居るために『力』が欲しいと願っているから、諦めきれないから、どんなに大変でも頑張るつもりだけど、それでもちょっとだけ怯んでしまう。
そんな私の内心を読んだのか、輝暗闇はバツが悪そうに言う。
「悪ぃな、苦労かけちまう。普通の二重人格ならともかく、俺はもうひとりの俺に『命』も『力』も『性質』もきっちり与えて生んじまったから……。斬魄刀になっても、それが反影されてるんだろ」
生んだ……って。
「あなたの方が、主人格なの?」
「最初に生まれていたって意味なら、その通りだ。でも別に、もうひとりの俺が偽者って訳じゃない。俺は、俺には出来ない事が、出来る俺が欲しかったんだ。……なぁ、あいつは良い奴だろう?」
「……うん」
私は頷きながら、輝暗闇の物言いに戸惑った。
自分自身の事を話す輝暗闇の瞳には、どこか遠くを見るような、痛々しい光があった。同時に「あいつは良い奴だろう?」と言った声は、切なくなるほど優しい。もうひとりの自分自身を大切に思っているんだなって感じながら、もしかして彼は、彼自身の事は卑下しているのかもしれないと、思う。『何か』を出来ない事がある彼自身を、悔しいって気持ち。
それって、誰でも一度は思う事だ。
足りない自分自身に、苛立ちを感じる気持ち。
「あ……あのね、輝暗闇。私にも、今、出来ない事がいっぱいあるよ。昨日、虚と対峙して痛感した事とか、色々。でも、輝暗闇と一緒に出来るようになる事も、いっぱいあると思う。それは嬉しい。春水と十四郎とずっと一緒に居るためにも、色んな事が出来るようになりたいし、がんばろうって思ってる。で……でも、……」
上手く、気持ちが言葉になるかな? ちゃんと、伝えられるかな?!
「私は、輝暗闇とも、一緒に居たいんだよ。輝暗闇にできない事があっても、一緒に居たい。完璧なヒトだから好きになった訳じゃ、ない。だ、だから」
そんな顔、しないで。
今朝、輝暗闇に会えなくて本当にさびしかった。それぐらい好きなんだよって、続けて言おうとしたら、その前にぎゅっと抱きしめられて。
「……、かぐらやみ?」
「……は、やっぱり、面白いな」
私を抱きしめながら呟く声が、最後になった。
気が付けば、林の奥でひとりきり、立ち尽くしたまま。
一回生で斬魄刀の名前を知ってしまった驚きは、それでも始解が出来ないだろうと言う現状を認識する事でなんとか落ち着けて、深々と溜め息を吐く。
始解が出来るまで、この事は内緒にしていたほうが良いかな。何でそんな事になったのか説明しようとしたら、どうしても無理があるし。
すっかり暮れてしまった空の下で、思わず苦笑する。
二種類の始解に、具象化に、卍解かぁ……。
春水と十四郎とずっと一緒に、それを叶えるのは、とても大変そうだ。
「でも、諦めきれないよね」
ふたりの事、大好きだし、と微笑んで。
この世界に来たばかりの時には、思いつく事も出来なかった選択肢を選び始めている。
いつのまにか迫力のある、あの輝暗闇に対してもタメ口になりかけていたように。
段々と、この世界にも馴染んでいくように。
私は此処で、生きていたい。
あのふたりの、側で。
疾うに暮れていた空に急かされるように、門限間近の寮に足早に帰った私は、十四郎の霊圧を探した。
先生達との話し合いは、もう終わっているだろうから。
――――あ、春水と一緒に私達の部屋に居る。
「さん、廊下に油をひいて磨いたばかりだから、走ると危ないよ」
「あっ、ありがとうございます! ……っと、あわっ」
思わず走り出しかけた私に、門を閉めに玄関先まで来ていた景清先輩が注意を促してくれる。この人は本当に、こういう雑用を押し付けられやすい人のようだった。
景清先輩の言葉を聞いて、咄嗟に止まろうとしたら、ピカピカの廊下と足袋との摩擦で滑りかけて体勢を整える。
あ、危なかった……!
あのまま走っていたら、廊下におでこから突っ込んでたよ。
はやる気持ちを押さえながら、転ばないように注意して部屋に急ぐ。きっと十四郎は退学にならずに済んで大丈夫だって思うけど、一番の問題は十四郎自身が今どんな気持ちなんだろうって事だもの。
顔色が治っているのかどうか、それだけでも確かめたい。
「ただいま!」
はやる気持ちのまま、勢い良く部屋に帰った私を、畳の上に座り込んで談笑していたらしい春水と十四郎は驚いた様子で見上げて、その後に。
「おかえり、」
春水がいつものようにゆったりと笑って。
「、お邪魔してる、おかえり」
十四郎がいつものように、にっこりと笑う。
ふたりとも、凄く晴々とした良い笑顔。
それで充分だった。
安堵と嬉しさで泣きそうな感じになりながら、私はもう一度「ただいま」と笑って言う。
「ね、やっぱり、十四郎、大丈夫だったでしょう?」
「あぁ、の言う通りだった」
「盗み聞きもばれちゃったしねぇ」
「嘘っ?! 春水ずるい! 抜け駆け!!」
「京楽! に余計な事言うなよ?!!」
「ん〜? どうしようかなぁ?」
「……後でこっそり」
「!!! 京楽!!!」
「あははははははっ」
部屋の中で、三人一緒に、子犬みたいにじゃれあって。
きっと、入学する前にごたごたした時のように、十四郎の病のように、嫌な事も、なるようにしかならない事もあるだろうけど、そんな憂いも吹き飛ばすように、私達は思いきり笑いあっていた。
それぞれに、鳴り響くように。
