邂逅編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ

ringing 06

 始めて対峙した虚は、やっぱり仮面をつけていて、胸に孔があいていて、おばけみたいな色合いで、私よりもずっと大きかった。けど何故か、不思議と恐いと感じない。
 心は穏やかだった。
 虚は巨体なのに動きが速く、全速力で付いて行くのがやっとだとわかっても。
 ひやりとした覚悟を飲み込んで、私は駆け出して行く。
 先輩の気配が動くのもほぼ同時。
 私は右へ、先輩は左へ。
 対峙する私達を威嚇するような雄叫びをあげながら虚が口を開く、真紫の舌が見えたと思ったら、まるでそれが触手のように動きだして目を見張る。
 こちらに向かって鋭く吐き出された舌にどんな能力があるのか分からない。
 触れる訳にはいけないと考えて、くるくると身体を動かして避ける。
 先輩は異様に伸び縮みする両前足に応戦していた。その前足の動きも速くて、私達がひとりずつだったら不味かっただろうと感じて冷汗が出る。
 それに、この速さでは春水と十四郎が付いて来れない。
 舌打ちする、これではいつまでたっても決着がつかないじゃない。
 持久戦になってしまったら、私には不利だ。

 誰かが「! 後ろ!!!」と注意を促す声。
 真後ろからも新たな触手が伸びて来た。紙一重で躱す。よくよく見れば、それも舌だった。舌の根から二枚舌になっていたようで、造型の気持ち悪さに眉を寄せながら、2倍になった舌を躱し続けるために歩法の速度をあげる。
 身体が軋む音がしたけど、あれに貫かれるわけにはいかない。
 しばらくして、ビッと何かが避ける音。
 袖や裾の一部が裂かれたのか、視界の隅に千切れた布地が目に止まる。
 ただの布だけだと言うのに、ようやく獲物の手応えを感じた事が嬉しいのだろう、虚の雄叫びがいっそう大きく響いた。
 戦いの最中なのに、ひとときのぬか喜びをするなんて。
 油断大敵、少しだけ動きの鈍くなった触手、身体が軋むのもかまわず、全速力以上の速さでその巨体へと近付いた。
 教科書の一節を、切れ切れに思い出しながら。
 ――満たされない飢え
 ――虚ろいの果てにある
 ――空(カラ)の空(カラ)
 ――その顔を見る事はせずに
 ――後ろから一撃で
 すれ違い様、頭を狙った私の太刀はその二枚舌と右前足を薙ぎ払うだけに終わった。
「しまっ……!」
 思わず呻きながら、行き違った虚の巨体へと向き直る。
 無茶な動きを続けたせいで、息が上がってしまっていて、もう一度さっきと同じ動きができるか自信がない。
 まだ、こんなにも私は弱い。
 私の斬魄刀への呼び掛けも密かに続けているけれど、その『名前』の欠片すら掴めていない。
 焦りを覚えた。慌ててもどうしようもないのに、早く倒さなければと気が急いてしまう。
 だけどその目前で、私に舌と右前足を斬られた虚が、怒りなのか痛みなのか不快を示すように叫んで立ち竦んで動きが止まった瞬間、先輩がその隙を逃さずに虚の左前足と左後足を切り裂いて。
 虚に二撃を加えた先輩は、そのままの勢いで私の真横に着地する。
「あの動きについていって、太刀を喰らわせる事ができるとはな。凄いじゃないか」
 思わぬ褒め言葉をもらってしまった。
「でも、頭を狙っていたのに、狙いが外れて頭を斬れなかったんです」
 不満を告げると、先輩はちょっと苦笑する。
「そんなに悔しいのなら、次は、もっと強くなろう……そう思っておけ」
「はい」

 私が先輩と話している間にも、戦局は大きく動いていく。

 先輩と私の負わせた傷で、四肢のバランスを崩した虚に、春水が霊圧を跳ね上げて斬り付ける。
 虚の動きはさっきよりずっと鈍くなっていたけど、それでも何とか逃げようと素早く動いたせいで春水の太刀は頭ではなく胴の部分へ突き刺さった。けれども春水はそれを好機と捉えて、虚の巨体に食い込んでしまった浅打にそのまま己の自重を腰を落とすようにして上乗せし、腕力と霊力で押し切るように虚の胴をざっくりと切り裂いていく。私や今の十四郎には出来ない力強い戦い方だと思い、感嘆の溜め息を付く。
 そうして切り裂いた傷口から濃い色合いの体液がどっと溢れ、壮絶な光景になってくると、固まっているクラスメイトの中から「ヒッ」と短く悲鳴があがる。
 今日、春水と一緒に組んでいた男の子ふたりの内、ひとりの声だったような気がして苦笑い。

 そして、ここまで見て取ってようやく気が付く、私と先輩で動きを鈍らせて、春水か十四郎のどちらかで完全にその動きを止めて、そうしてとどめを刺す……そういうつもりで先輩が指示を出していたのだと。
 私、私自身の事だけで精一杯なあまり、全然周囲が見えてなかった。
 とにかく早く倒さなければと思って、焦りまで覚えて。
 あぁもう、物凄く恥ずかしい。
 まだまだ未熟者なんだって思い知っちゃったよ。
 先輩の指示、春水や十四郎はちゃんと察していたんだろうな。

 春水は虚の身動きを完全に止めると身を引いた。
 続けざま、十四郎が春水とすれ違うようにして虚に向かってひらりと飛ぶ。
 振り下ろそうとする『浅打』の刀身に、十四郎の霊力が伝わりパチリと火花のような光が奔った。太陽の下でもハッキリと見える、激しく美しい光。まるで『雷』だと思ってドキリとする。もうこの頃から斬魄刀の片鱗が出るなんて、なんて凄い霊力だろう。
 十四郎が振り下ろした太刀は虚の頭に深々と突き刺さって、虚の特徴的な白い仮面を砕いていった。
 そのまま、地に倒れていく虚の動きにつられ、虚の頭部に突き刺さったままの太刀を握っていた十四郎は引き摺られ、地面の上でたたらを踏む。虚に比べて、あまりにも軽い体重のせいかもしれない。
 将来はもっとずっと大きくなると知っているけど、今はまだ、私の体格とそんなに変わらない十四郎。それであんなにも激しい霊圧なのだから、ひたすら感心してしまう

 春水と十四郎が『浅打』をおさめる頃には、虚の巨体はさらさらと墨くずのように消えて逝き。
 完全に消えさるまで、静寂が私達を飲み込んでいた。
 はじめての魂葬以上に、昇華滅却は鮮烈な印象を残して。


 虚が塵ひとつ残さず消えた瞬間、クラスメイトのみんながいっせいに歓声をあげた。


 凄く大きな声だったから、驚いてビクリと身体が跳ねてしまった。だって、虚の叫び声より凄いんだけど?!
 吃驚して立ちすくんだ私の所に、今日、一緒の組になっていた子達が、まっさきに掛けて来てくれて。
っ! カッコ良かったよ!!! すごかった!」
「戦ってるのに舞ってるみたいだったよ! 綺麗でカッコイイ!」
「そ……そういう風に見えてたんだ?」
 必死だったから、そんな事まで考えていられなかったんだけど。
 格好良かったとか綺麗だったとか、みんなが口々に誉めてくれるので、私が戦っている姿もそれなりに見目良く見えていたんだと漸く実感する。なんだか照れて、ちょっと恥ずかしくて、照れ笑いを浮かべてしまう。カッコイイっていうのなら、春水や十四郎のほうがよっぽどカッコイイと思うんだけど。
 そう思って横を見れば、春水と十四郎、それに先輩も私と似たような状態だった。周囲をみんなが取り囲んで、口々にさきほどの感想を伝えている。
 そうして見遣った先に、春水と一緒に組んでいた男の子達が、顔を真っ赤にして興奮したように春水を誉め讃えている姿を見つけた。恐れや畏怖が、その実力への憧れに変化したのかもしれない。先程の凄惨な光景に青ざめたクラスメイトは彼等の他にも居ただろうけど、今は見渡して脅えているクラスメイトはひとりも居なかった。いつか、俺も京楽や浮竹みたいになるぞと言う男子の声がたくさん聞こえてくる。
 みんな、親が貴族とかそんな事を考えず、ただひたすら春水や十四郎の実力に魅せられた顔。
 気が付けばクラスメイト全員、貴族とか流魂街出身とか、関係なくはしゃいで居て。
 その中心に、いつも通りの飄々とした表情をしようとして、でも失敗して内心の戸惑いを浮かべながら凄く嬉しそうに微笑んでいる春水と、体調を崩した後でも戦いを乗り切る事ができて、心からホッと安堵してカラリと気持ち良さそうに笑っている十四郎が居る。
 ふたりとも、今まで見たどんな時よりも幸せそうだった。
 この時の、私の気持ちは何て言ったら良いんだろう。
 目元にじわりと涙が滲んで。
 笑っているのに泣けてきそうで。
 泣きそうなのに笑えてきて。
 じっと、していられなくて。
 私はクラスメイトを掻き分けるように走り出すと、そのままふたりにぎゅっと抱きついた。
 でも、抱きついた瞬間にあの気持ちよりも、ただただ、ふたりの温もりを感じた事で沸き上がった、安堵の気持ちが強くなって。
「無事で、良かったぁ……っ」

 涙声で、そう言った。











 現世から真央霊術院へと帰った後、一回生の魂葬の授業に虚が出た事とそれを六回生一人と一回生三人で昇華した報告をしたら、なんだか凄い騒ぎになってしまった。全員無傷、無血勝利だったのも周囲の驚きに拍車をかけた……らしい。そこら辺は、人の機微を察する事に長けている春水が拾ってきた噂だ。
 今はもう、初の魂葬と昇華を終えた夜。
 お風呂もいただいて後は寝るだけって時刻、私と春水の寮室に十四郎を招いている。
 帰還した後、物凄く盛り上がってはしゃぐ学内や寮内のみんなの反応に振り回されて、私達は晩ご飯もゆっくり食べれないまま消灯の時間を迎えてしまった。でも凄く動き回った後だったから、私も春水もお腹ぺこぺこになっていて、つまり十四郎も同じだよねぇ? て話になって。

「……それで部屋を抜け出した春水が俺のトコまで忍んできたのか」
 私達三人は、こっそり夜食を食べる事にした。
「うん、私よりも春水のほうが霊圧消すの得意だから、春水に十四郎を呼ぶのを頼んだの」
 なにしろ十四郎の部屋には十四郎以外の3人が寝ているのだ。私が行ったら起してしまいそうで、とてもじゃないけど行こうという気にはなれなかった。
 そうして春水が伴ってきた十四郎と寮の門外で合流すると、ひっそりと忍んで夜食を買いに行って……初の無断外出という物も体験して……今、私達の目前にはほかほかと湯気のたつ、屋台のおでんが置いてある。
 味がすっごく染みていて、美味しいーっ。
「布団を被っていたら、あいつが枕元に立ってて何事かと思った……」
「え? そんなに驚く事なの?」
、あのねぇ、浮竹ったらボクに気付いて第一声が『に何かあったのか?!』なんだよ」
「えぇっ?!」
 何でそうなるわけ? 
 私が首を傾げると、十四郎はバツの悪そうな顔になる。
「その、無傷だと言われているが、は袖や裾を千切られていたじゃないか。それで、本当は怪我をしていて、それを隠していたのかと……」
「私を心配してくれたんだ……」
 十四郎、優しいなって思う。春水も、寮室に帰ってから着替えようとした時、ずいぶんと私の手足を気にしていた。
 あの制服は確かに袖や裾が滅茶苦茶に裂けていて、もう着れないだろうけど、それだけだ。
「私は大丈夫だよ、本当に」
「その場でなだめるのが大変だったボクの身にもなってよ……」
 私が微笑んで言った後、春水が、へにゃって情けなく顔を崩してぼやいた。
 あー……、それは、確かに。十四郎、涼やかな外見に似合わず熱血な所があるから。
 他の寮生を起さないように、大慌てで十四郎をなだめる春水の姿が想像できて、私はクスクスと笑ってしまった。
 私に釣られるように春水と十四郎も笑いだして、私達は食後のお茶を飲み終えて別れるまで、なごやかな気持ちで過ごし続けた。







 十四郎を見送った後、もういい加減に眠らなくてはという事になって。
 全身の疲労と、満たされたお腹と、あたたかいお布団に包まれて、うとうとし始めた時に、隣に眠っていた春水が寝返りをうって溜め息を吐いたのに気が付く。
「……しゅんすい?」
 どうしたのかなって思ったら、空気を震わせて、苦笑した気配が伝わってきた。
「起しちゃったか……ゴメンね。ボク、なんだか目が冴えてしまったみたいだ。の睡眠を邪魔したくないし、部屋から出ていくよ。一晩くらい、なんとかなるし」
 ひそひそと、私を気遣ってうるさくならないように潜められた低い声が、耳に心地良かった。
 そのまま部屋を出ようと布団の上に身を起したシルエットが、障子越しの月明かりが差し込んだ部屋の中で、浮かび上がる。
 それを見上げながら、これから一人で、真夜中に出て行こうとする春水を思って、眉根を寄せる。
 たとえば春水が、どこかの女の人の所に空が明るい時からずっと一緒に居るのならこんな気持ちにならないと思う。春水がそういう女の人と一緒に居るのは似合っていると思うし、暗くなったらちゃんと帰ってきてくれるからだ。反対に、今みたいに一人きりで居ようとするのは嫌な気持ちになる。学院内でも時々、春水はふらふらと風に舞う花弁みたいに当て所ない風情で居て、どこかをひとりで彷徨うことすら戯れだって思っているみたいだけど、私はひとりで彷徨う姿は淋し過ぎるし悲し過ぎると感じて嫌だった。それくらいなら女の子達を騒がしく追いかけて居てよって思う。
 さびしくならないで。
 こんな真夜中に、一人きりなんて駄目だよ。
「春水、そんな事しなくても良いよ。それより、一緒に寝よ?」
 ぬくぬくしていれば、きっとすぐに眠くなるよ。
 布団から片腕だけを出して、春水の夜着の袖をひっぱると、ちょっと戸惑ったような気配。
「……悪いよ」
「ちっとも悪くないよ」
「寝ぼけてるでしょ、
「そんな事ない。ほら、一緒に寝てれば温かいからすぐに眠くなるよ」
「そっか。うん……そうかもしれないけど」
「久し振りだし」
「……うん」
「春水と一緒に居たいから、行かないで」
「……
「ん?」
「……布団くっつけるから、ちょっと手を放してくれる?」
「じゃあ、一緒に寝てくれるんだ?」
「うん」
 良かった。それならばと手を放す。
 春水が布団をくっつけて、そして掛け布団2枚を重ねるようにしてから、私の側に寄り添うようにして寝転がるのを待って、ぴったりとくっついてみる。春水はあいかわらず高めの体温で、ぬくぬくして赤ちゃんみたいだった。
 私の身体をそっと抱き寄せてくれて、おやすみと言う声を聞く。
 お返しに、おやすみなさいと言った途端に、眠気の限界だったのか、すとんと意識が途切れていった。

END: ringing 06

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This fan fiction by ぞら
初出: 2006年3月2日

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