邂逅編 BLEACH異世界トリップ夢シリーズ
ringing 04
医務室の寝台で横になった十四郎の顔色は、あいかわらず真っ白なままだ。
救護の先生は、私達が抱えてきた十四郎を見るなり、手早く処置をほどこしてくれて……喀血は止まったけれど、そんな直ぐに復調するはずもなくて。
しばらくは薬が効いて眠っているけど、目が冷めても安静にする必要があると言われてしまった。
私と春水は、十四郎の側を離れ難く感じて、ふたり一緒に枕元に座り込んでいる。
救護の先生はそんな私達を見て取ると苦笑して「私はしばしここを離れるから、あなた達が変わりにここに居なさい」と言ってくれた。
授業をサボる口実を、私達にくれたのだろう。
十四郎の側に居ても良いよって。
その気遣いに私は深く感謝して、自然と頭が下がった。
この世の中、春水に嫌な事をした気持ちの悪い大人ばかりじゃない、優しい人達もいっぱい居るのだ。
それが、こんな悲しい時ほど、強く実感できるだけで。
「、ありがとう」
3人だけになった医務室で、突然、春水がそう呟いて驚いた。
「私は何も……治癒したのは先生だし、十四郎を運んだのは春水だよ」
お礼を言われるような事、何もしていない。
それどころか、私って無力だなって感じたくらいで。
「でも、浮竹の体調に気がついたのはだよ。ボクは全然駄目だった。霊圧の変化を感じていたのに、まったく気がつかなくて……こんなになるまで、気がつかなくて」
春水が眠ったままの十四郎の顔を見つめながら、とても悔しそうに話すのは、十四郎を大切に思っているからだろう。私も同じだから、よく分かる。
でも。
「ボク……どうして、気がつかなかったんだろう」
それを負い目に感じて欲しくない。そんなの、十四郎だって喜ばない……その事を、なんて言葉で伝えれば、春水は納得してくれるんだろう。
私がそう思った瞬間だった。
「気がつかなくて当然じゃろう。入学前に、十四郎を生徒として迎える事に難色を示した者が居った。それらに付け込まれぬ様に、十四郎は己の持病をひた隠しにしたのじゃろう」
なにを、今、言われたの。
「それは、どういう意味ですか」
いつの間にか医務室に来ていた山じいが言い放った言葉に、私は硬い声で問い返した。
十四郎は努力家で成績優秀だ。斬鬼走拳すべての授業を努力惜しまず頑張っていて、それにすべて優秀な成績を出している。それらに難色など示しようがない。
それに、入学前からだと言うのなら、……持病に関する難色を示されたって事?
「わからぬか? 真央霊術院での『魂葬の課外授業』ならともかく『日常生活』から死者が出るのは世間体が悪い上に、他の生徒にとっても精神的に悪影響があるのではないかと……『同年代の者の死』を味あわせる可能性は少ない方が良い……そう考える者も居たのじゃ。また困った事に、その意見にも一理があった」
山じいの説明を聞いて合点がいく。
「一理あるからこそ、十四郎はその意見を気にしたのですね……」
だから、隠した。
周囲に居る、他の生徒の心を気遣って。
「ちょっと待ってよ山じい。それに……死ぬ心配をするなんて……それって、浮竹の身体が……病が、物凄く悪い事を前提にしてるじゃないか」
「そう、言っておるのだ。春水」
「でも浮竹はボクと……と、同等に戦えるくらい強くて…………」
春水の様子に、私はそっと息を吐く。
信じたくない事実を、否定しようとしても、次第にそれが頭の中に浸透する。そんな察しの良さを持っている春水の声は、次第に小さくなって消えていく。
現実や真実を察して、それらを受け入れざるを得ない、思慮深い性格。それは時として、とてもツライ事なんじゃないかなって感じた。
諦めにも似た、切ない受容を、春水はいつもしているね。
「強くても、健康ではない……そういう事ですか?」
無言になった春水の後を引き継いで、私は言葉を添え、それを確認するように山じいに視線を向ける。
そんな私の所作に、山じいは目を細めて肯定する。
「だいぶ、察しが良いの。十四郎の病に勘付いておったか?」
「……はい。十四郎の顔色を見ていて、健康な人の肌色ではないなって……もしかしたら少し病歴があるのかなって、思ってました」
そういう事にして置こう。
「……ボクは、今日、浮竹が喀血するまで気付かなかった。が言ってくれなかったら、何も分からなかったよ」
「ふむ。なるほどの、経験の違いじゃな。京楽家に病持ちが居るとは聞いた事がない。知らぬものを察する事は難しく、知るものを察するのはいささか容易い」
……ビックリした。
ただ単に春水と私の経験値の違いを示唆した言葉だろうけど、文字どおり私は『知っていた』から。
心臓に悪いなぁ。
私は内心を誤魔化すように苦笑して気持ちを切り替えようとする。
十四郎の病は重い。
その事実に悄然とする私と春水に、山じいは滔々と話し始める。
十四郎は幼い頃に肺病が発病したこと、その病が重く身体が弱いこと、下流貴族とはいえ長兄であり本人の希望もあって幼少から勉学に励んでいたこと、それが高じて真央霊術院への入学を希望したこと、しかし病持ち故に入学試験を受ける事すら断られたけど、めげずに入学試験をこっそり受け……首席合格して新入生代表になった事。
私が既に『知っていた』事も含む、現実。
そこまで話して、山じいは呵々と笑う。
「実はの、この事に関しては春水、お主に少しだけ感謝しておる」
「どういうことさ?」
「お主の『わがまま』が丁度良く、十四郎の時期と重なったからのぉ。十四郎の事を問題としておった教員も含め、お主の事に驚かなかった者は居らん。入学試験者の書類のなかに十四郎を紛れさすのに、実に良い隠れ蓑となった」
「……」
「……」
ポカン、と口を開けて、私達ふたりは山じいを見てしまった。
「え、でも、それって不正入学? なんか十四郎には似合わないよ」
「いや、そうじゃない。浮竹は何も不正をしていないから……不備を出した真央霊術院側が、十四郎の入学を許可せざるを得なくなるんだ。……考えたね、山じい」
春水の指摘を、山じいは含みのある笑みを浮かべて肯定した。
「儂は、あれほどの才能を埋もれさすつもりはないからの。入学してからの十四郎の授業態度や成績の数々に文句の付けようはなく、さらに病の発作を起しても直ぐには死なぬと分からせるには、充分な時間がたった。……今日の発作でも死なんかったしのう。もうしばらくすれば十四郎に難色を示した者も、その才能を認めざるを得なくなり、十四郎への当たりはなくなるじゃろう。そうすれば、今回のように倒れる瀬戸際まで我慢する必要もなく……他の生徒を本当に気遣うのならば、無理をせず、しかと治療しながら勉学に励めば良い。今日はそれを十四郎に伝えてやろうと思ってな」
山じいの説明に、私は安堵する。
「そうだよね……ちゃんと治療しないと……。それに、もう少ししたら、十四郎、変に我慢する必要が良くなるんだ。良かった……っ」
あんな、林の中でひとりきり、血を吐かれるなんて堪らないもの。
せめてきちんと医務室に行って欲しい。
「しばらくって、いつぐらいなのさ?」
私が安堵した横で、春水は落ち着いて質問する。
「もうすぐ特進学級で一回目の『魂葬の課外授業』があるじゃろう。それにも良い成績を示せば、もはや難色など付けようもない。……それまでの我慢じゃな」
待って、それって……。
「明後日じゃないですかっ!」
思わず、山じいに向かって怒鳴ってしまった。
医務室の先生は「しばらく安静に」と言っていたのだ。
それなのに。
血を吐いて倒れて、それから明後日の、初めての『魂葬の課外授業』で良い成績?!
私だけじゃなく、春水の顔も強張っている。
「……授業日程は変更不可能じゃ、それも、伝えようと思っての……」
山じいの声は、医務室の中で淡々と響いた。
治癒を受けた十四郎は昏々と眠り続け、私と春水は言葉をなくしてその真白い寝顔を見下ろした。
十四郎は目覚めてから、山じいの話を聞いたはずなんだけど、布団で横になりながらもからりと笑う。
「、京楽、そんな顔をするなよ。俺は大丈夫だ。それに、魂葬をしに現世に降りる度に、虚に襲われる訳ではないだろう?」
「……でも可能性がないわけじゃないでしょ」
春水はかなり疑わしそうに十四郎に応える。
病気の事を見抜けなかった分、もうその笑顔には騙されません!と言わんばかりに、心がトゲトゲしちゃってる。
私も、似たような気持ちだ。
「稀だけど、課外授業中に虚に襲われたって話もあるんだから、油断しないでね。あと、無理もしないで」
襲われなくても、途中で血を吐いて倒れてしまう可能性だってあるんだから。
「わかった。気を付ける」
いつも通り笑って頷くその顔が、かなりの曲者。
十四郎は本気で言っているし笑っている。
一点の曇りもない笑顔で「大丈夫」と言うし、本気で「大丈夫」なつもりなのだろう。
でも、十四郎がどれほど気を付けても、体調が崩れる時は崩れるだろうし、虚が来襲する時は来襲するのだ。
本当に「大丈夫」な時なんて、きっと、永遠に来ない。
それでも笑う。
笑える強さを持っている事が……切なかった。
その日、寮に帰ってから私と春水で『十四郎の負担をいかになくすか』という話をしたんだけど……。
「……でも実質、浮竹にとって負担になっているのって、ボク達じゃなくて周囲の期待なんじゃないの? かなり頻繁に学級の雑務を頼まれているよね?」
春水は周囲にうっとおしい人が居ない時に十四郎と一緒に過ごす事が多いから、必然的に周囲に人がたくさん居る時でも一緒に過ごしている私の記憶を頼りにしての相談になってしまった。
「うん、十四郎は頼まれ事が多いよ。ほぼ毎日、数人の頼まれ事を引き受けてる」
「そんなに?」
「頼まれ事のなかには先生からのものもあるみたいで」
「……そうか……ひょっとして、浮竹って総代候補なのかな」
「…………そうかも」
学級委員とか生徒会の会長とか、なんとなく投票で決まるイメージがあったんだけど、善くも悪くもここは『実力主義』の世界だった。そして、十四郎は入学試験トップ合格で、剣術の腕も申し分なく、見た目も良く更には人望もあるときては……頼られてしまうんだろうなぁ。
「春水、なんだか十四郎って、色んな事をめちゃくちゃ抱え込んでそうな気がしてきたんだけど」
「ボクもだよ、」
思わず、ふたり一緒に溜め息を吐いた。
……ちょっとくらい、周囲に居る私達にも頼って欲しいよねぇ……。
「まぁ、とにかくさぁ、盛大に『浮竹は病気だ』って騒ぎ立てるのは不味いだろうけど、浮竹の負担を減らすために頼りにしても良さそうな奴には、こっそり相談しておいた方が良いと思うんだよね。いざって時にボクとだけしか動けないのは不味いし」
「賛成。あと、私達が十四郎の頼まれ事を引き受けるのも良いだろうけど、十四郎に頼み込まれる前の段階で、『十四郎にしか頼めない事』と『他の誰かでも出来る頼み事』の区別をつける必要もあるかも」
「……それって、ただ単に浮竹と近付きたいから『頼み事』を口実にしている娘が居るってやつ?」
「女の子だけじゃないよ、男女共に、半分くらいそんな感じ」
「うわぁ、色男だねぇ」
「十四郎本人にまったく自覚がないとこが凄いのよ……」
意を決して十四郎に頼み込む → 十四郎はいつもの笑顔で引き受ける → 実力的に頼み事は速攻で解決 → 特別親しくなる間もなくお礼を言って終わり。
「……自覚があったらボクよりたらしじゃない、それ」
「たぶんね。傍で見てると天然って凄いなぁ……と思うもの」
あれは無自覚で女の子を泣かせた事が絶対にあるだろう。
「でもそれは使えそうだね、」
「え? どう言う意味?」
「つまり、浮竹は確実に慕われているんだから、それを逆手に取ればいいのさ。浮竹に頼み事をするんじゃなくて、浮竹から頼まれ事を引き受ける事で親しくなれる……っていう方向に持っていけば、負担は激減するんじゃない?」
「あ、なるほど!」
春水の発想に大いに納得しながら、思い出したのは『十三番隊』の光景だ。
十四郎……つまり『浮竹隊長』を慕って、そのお役にたとうと躍起になっていた人々。
もうこの頃からその片鱗が出ていたんだって、そう思うと感慨深かった。
「じゃあ、明日からそういう方向で。あと、寮の中の事で相談できるのは小松先輩だと思うんだけど」
「うん。景清先輩に相談するの良いんじゃないかな。あの人って良い人だもの」
そういう事になった。
翌日、学級の中でこれはと思った数人にこっそりと相談して、実感したのはとにかく十四郎の人望だった。みんな、一もニもなく了承してくれる。
今日一日、大事をとって十四郎は授業を休んでいる。
明日の課外授業に備えて、体調を整え体力を温存するためだけど、私と春水が相談を持ちかけた全員が、そんな風に臥せってしまった十四郎を思って、悲しそうな、悔しそうな表情になった。
「みんな、なんで気付かなかったんだろうって、春水と同じ事を言っていたね……」
寮への帰寮途中、春水の手を握って歩く。
ぬくもりが、励ましになりますように。
「だってさ、本当にどうして気付かなかったのかなって思うよ……」
昨日の事を思い出したのだろう、春水の声にはいつもの張りがなく、しょんぼりとしている。
うー……っ、やっぱり負い目に感じてるんだなぁ。
でも、そうじゃないほうが良いと思う。特に、春水はあの『京楽隊長』になる人なんだから。
私の、勝手な思い入れかもしれないけど……。
「春水、もう気付いたんだから、気にしないでいこう? それか、これから十四郎を助けていく事で帳消しにしちゃおう。……気付かなかった事を負い目にするの、十四郎は、喜ばないと思うし……」
「……そっか、そうだね。ボクが負い目に感じたら、それを浮竹が負い目に感じてしまう事もあるんだ」
「うん。そういうのあると思う。多分、魂葬の授業の後には、十四郎の身体の事も、徐々に知れ渡るだろうし……そうしたら色んな人が一気に十四郎を気遣い始めるから、十四郎がその気持ちを負担に思わないように、『普通』に接した方が良いんじゃないかな」
「…………、それ」
「え?」
春水は、急に歩くのを止めてしまった。
それに釣られて繋いでいた手が離れて、体温がなくなってひやりとした手に驚きながら、私も立ち止まり、その顔を見上げた。
少し、ツラそうな表情。
「春水? どうしたの」
「浮竹が、ボクとに言った事を思い出したんだけど……」
『お互いを凄く大事にしているだろう?
しかもその気持ちを、決して相手の負担にならないようにもしているだろう?
俺はそれは好い事だと思う』
「それってさ、つまり、浮竹は大事にされ過ぎて、それを負担に感じた事が、あるって事かなって……」
「あ……」
そうだ。
ずっと、身体が弱かったのなら、既に、そういう事を感じていた可能性だってあるんだ。
「の言う通り、浮竹を大事にしていても、普通に接した方が良さそうだねぇ……」
春水は、しみじみ呟いた。
その声の響きが、凄く『京楽隊長』らしくて。
それに気付いた途端、 私はホッとして、自然と笑顔になってしまった。
大丈夫だ、このふたりなら……そう思えたら、なんだか気が弛んでしまって。
そんな私を見てとった春水は、不思議そうに首を傾げた。
「?」
「あ、あのね、春水と十四郎なら、この先の付き合いも大丈夫だなって思えたの。そう思えたのが、嬉しくて」
安堵の笑顔って言うのかな、こういうの。
「あぁ、そういう事か。でもなんでボク達だけで大丈夫なの? も居ないと」
「へ?」
「だから、も一緒でしょ? ボク達の間にが居ないのって、考えられないじゃない」
「え? えぇっ?!!!」
「なんて声を出してるのさ。というかね、はもうちょっと、自分自身の価値を自覚しようよ」
「私の価値って言われても! 私は私の出来る範囲の事をただしてるだけなんだよ?! 特別な事、何もしていないじゃない!」
「…………、本当に浮竹に似てるよね。天然なとこが」
「どういう意味よ!それ!!!」
さっきまでの深刻な空気を一変させて、私達は、騒ぎ立てながら寮までの道を走っていった。
明日の魂葬に対する、不安が消えた訳じゃない。
だけど、それとは別に十四郎との付きあい方のコツを掴めた事が、とても嬉しい。
私達は十四郎にとって、良い友達になりたかったのだ。
ただそれだけの事が、今後の私達に多大な影響を与える事になるとは、この時、私はまったく気がついていなかったけれど。
救護の先生は、私達が抱えてきた十四郎を見るなり、手早く処置をほどこしてくれて……喀血は止まったけれど、そんな直ぐに復調するはずもなくて。
しばらくは薬が効いて眠っているけど、目が冷めても安静にする必要があると言われてしまった。
私と春水は、十四郎の側を離れ難く感じて、ふたり一緒に枕元に座り込んでいる。
救護の先生はそんな私達を見て取ると苦笑して「私はしばしここを離れるから、あなた達が変わりにここに居なさい」と言ってくれた。
授業をサボる口実を、私達にくれたのだろう。
十四郎の側に居ても良いよって。
その気遣いに私は深く感謝して、自然と頭が下がった。
この世の中、春水に嫌な事をした気持ちの悪い大人ばかりじゃない、優しい人達もいっぱい居るのだ。
それが、こんな悲しい時ほど、強く実感できるだけで。
「、ありがとう」
3人だけになった医務室で、突然、春水がそう呟いて驚いた。
「私は何も……治癒したのは先生だし、十四郎を運んだのは春水だよ」
お礼を言われるような事、何もしていない。
それどころか、私って無力だなって感じたくらいで。
「でも、浮竹の体調に気がついたのはだよ。ボクは全然駄目だった。霊圧の変化を感じていたのに、まったく気がつかなくて……こんなになるまで、気がつかなくて」
春水が眠ったままの十四郎の顔を見つめながら、とても悔しそうに話すのは、十四郎を大切に思っているからだろう。私も同じだから、よく分かる。
でも。
「ボク……どうして、気がつかなかったんだろう」
それを負い目に感じて欲しくない。そんなの、十四郎だって喜ばない……その事を、なんて言葉で伝えれば、春水は納得してくれるんだろう。
私がそう思った瞬間だった。
「気がつかなくて当然じゃろう。入学前に、十四郎を生徒として迎える事に難色を示した者が居った。それらに付け込まれぬ様に、十四郎は己の持病をひた隠しにしたのじゃろう」
なにを、今、言われたの。
「それは、どういう意味ですか」
いつの間にか医務室に来ていた山じいが言い放った言葉に、私は硬い声で問い返した。
十四郎は努力家で成績優秀だ。斬鬼走拳すべての授業を努力惜しまず頑張っていて、それにすべて優秀な成績を出している。それらに難色など示しようがない。
それに、入学前からだと言うのなら、……持病に関する難色を示されたって事?
「わからぬか? 真央霊術院での『魂葬の課外授業』ならともかく『日常生活』から死者が出るのは世間体が悪い上に、他の生徒にとっても精神的に悪影響があるのではないかと……『同年代の者の死』を味あわせる可能性は少ない方が良い……そう考える者も居たのじゃ。また困った事に、その意見にも一理があった」
山じいの説明を聞いて合点がいく。
「一理あるからこそ、十四郎はその意見を気にしたのですね……」
だから、隠した。
周囲に居る、他の生徒の心を気遣って。
「ちょっと待ってよ山じい。それに……死ぬ心配をするなんて……それって、浮竹の身体が……病が、物凄く悪い事を前提にしてるじゃないか」
「そう、言っておるのだ。春水」
「でも浮竹はボクと……と、同等に戦えるくらい強くて…………」
春水の様子に、私はそっと息を吐く。
信じたくない事実を、否定しようとしても、次第にそれが頭の中に浸透する。そんな察しの良さを持っている春水の声は、次第に小さくなって消えていく。
現実や真実を察して、それらを受け入れざるを得ない、思慮深い性格。それは時として、とてもツライ事なんじゃないかなって感じた。
諦めにも似た、切ない受容を、春水はいつもしているね。
「強くても、健康ではない……そういう事ですか?」
無言になった春水の後を引き継いで、私は言葉を添え、それを確認するように山じいに視線を向ける。
そんな私の所作に、山じいは目を細めて肯定する。
「だいぶ、察しが良いの。十四郎の病に勘付いておったか?」
「……はい。十四郎の顔色を見ていて、健康な人の肌色ではないなって……もしかしたら少し病歴があるのかなって、思ってました」
そういう事にして置こう。
「……ボクは、今日、浮竹が喀血するまで気付かなかった。が言ってくれなかったら、何も分からなかったよ」
「ふむ。なるほどの、経験の違いじゃな。京楽家に病持ちが居るとは聞いた事がない。知らぬものを察する事は難しく、知るものを察するのはいささか容易い」
……ビックリした。
ただ単に春水と私の経験値の違いを示唆した言葉だろうけど、文字どおり私は『知っていた』から。
心臓に悪いなぁ。
私は内心を誤魔化すように苦笑して気持ちを切り替えようとする。
十四郎の病は重い。
その事実に悄然とする私と春水に、山じいは滔々と話し始める。
十四郎は幼い頃に肺病が発病したこと、その病が重く身体が弱いこと、下流貴族とはいえ長兄であり本人の希望もあって幼少から勉学に励んでいたこと、それが高じて真央霊術院への入学を希望したこと、しかし病持ち故に入学試験を受ける事すら断られたけど、めげずに入学試験をこっそり受け……首席合格して新入生代表になった事。
私が既に『知っていた』事も含む、現実。
そこまで話して、山じいは呵々と笑う。
「実はの、この事に関しては春水、お主に少しだけ感謝しておる」
「どういうことさ?」
「お主の『わがまま』が丁度良く、十四郎の時期と重なったからのぉ。十四郎の事を問題としておった教員も含め、お主の事に驚かなかった者は居らん。入学試験者の書類のなかに十四郎を紛れさすのに、実に良い隠れ蓑となった」
「……」
「……」
ポカン、と口を開けて、私達ふたりは山じいを見てしまった。
「え、でも、それって不正入学? なんか十四郎には似合わないよ」
「いや、そうじゃない。浮竹は何も不正をしていないから……不備を出した真央霊術院側が、十四郎の入学を許可せざるを得なくなるんだ。……考えたね、山じい」
春水の指摘を、山じいは含みのある笑みを浮かべて肯定した。
「儂は、あれほどの才能を埋もれさすつもりはないからの。入学してからの十四郎の授業態度や成績の数々に文句の付けようはなく、さらに病の発作を起しても直ぐには死なぬと分からせるには、充分な時間がたった。……今日の発作でも死なんかったしのう。もうしばらくすれば十四郎に難色を示した者も、その才能を認めざるを得なくなり、十四郎への当たりはなくなるじゃろう。そうすれば、今回のように倒れる瀬戸際まで我慢する必要もなく……他の生徒を本当に気遣うのならば、無理をせず、しかと治療しながら勉学に励めば良い。今日はそれを十四郎に伝えてやろうと思ってな」
山じいの説明に、私は安堵する。
「そうだよね……ちゃんと治療しないと……。それに、もう少ししたら、十四郎、変に我慢する必要が良くなるんだ。良かった……っ」
あんな、林の中でひとりきり、血を吐かれるなんて堪らないもの。
せめてきちんと医務室に行って欲しい。
「しばらくって、いつぐらいなのさ?」
私が安堵した横で、春水は落ち着いて質問する。
「もうすぐ特進学級で一回目の『魂葬の課外授業』があるじゃろう。それにも良い成績を示せば、もはや難色など付けようもない。……それまでの我慢じゃな」
待って、それって……。
「明後日じゃないですかっ!」
思わず、山じいに向かって怒鳴ってしまった。
医務室の先生は「しばらく安静に」と言っていたのだ。
それなのに。
血を吐いて倒れて、それから明後日の、初めての『魂葬の課外授業』で良い成績?!
私だけじゃなく、春水の顔も強張っている。
「……授業日程は変更不可能じゃ、それも、伝えようと思っての……」
山じいの声は、医務室の中で淡々と響いた。
治癒を受けた十四郎は昏々と眠り続け、私と春水は言葉をなくしてその真白い寝顔を見下ろした。
十四郎は目覚めてから、山じいの話を聞いたはずなんだけど、布団で横になりながらもからりと笑う。
「、京楽、そんな顔をするなよ。俺は大丈夫だ。それに、魂葬をしに現世に降りる度に、虚に襲われる訳ではないだろう?」
「……でも可能性がないわけじゃないでしょ」
春水はかなり疑わしそうに十四郎に応える。
病気の事を見抜けなかった分、もうその笑顔には騙されません!と言わんばかりに、心がトゲトゲしちゃってる。
私も、似たような気持ちだ。
「稀だけど、課外授業中に虚に襲われたって話もあるんだから、油断しないでね。あと、無理もしないで」
襲われなくても、途中で血を吐いて倒れてしまう可能性だってあるんだから。
「わかった。気を付ける」
いつも通り笑って頷くその顔が、かなりの曲者。
十四郎は本気で言っているし笑っている。
一点の曇りもない笑顔で「大丈夫」と言うし、本気で「大丈夫」なつもりなのだろう。
でも、十四郎がどれほど気を付けても、体調が崩れる時は崩れるだろうし、虚が来襲する時は来襲するのだ。
本当に「大丈夫」な時なんて、きっと、永遠に来ない。
それでも笑う。
笑える強さを持っている事が……切なかった。
その日、寮に帰ってから私と春水で『十四郎の負担をいかになくすか』という話をしたんだけど……。
「……でも実質、浮竹にとって負担になっているのって、ボク達じゃなくて周囲の期待なんじゃないの? かなり頻繁に学級の雑務を頼まれているよね?」
春水は周囲にうっとおしい人が居ない時に十四郎と一緒に過ごす事が多いから、必然的に周囲に人がたくさん居る時でも一緒に過ごしている私の記憶を頼りにしての相談になってしまった。
「うん、十四郎は頼まれ事が多いよ。ほぼ毎日、数人の頼まれ事を引き受けてる」
「そんなに?」
「頼まれ事のなかには先生からのものもあるみたいで」
「……そうか……ひょっとして、浮竹って総代候補なのかな」
「…………そうかも」
学級委員とか生徒会の会長とか、なんとなく投票で決まるイメージがあったんだけど、善くも悪くもここは『実力主義』の世界だった。そして、十四郎は入学試験トップ合格で、剣術の腕も申し分なく、見た目も良く更には人望もあるときては……頼られてしまうんだろうなぁ。
「春水、なんだか十四郎って、色んな事をめちゃくちゃ抱え込んでそうな気がしてきたんだけど」
「ボクもだよ、」
思わず、ふたり一緒に溜め息を吐いた。
……ちょっとくらい、周囲に居る私達にも頼って欲しいよねぇ……。
「まぁ、とにかくさぁ、盛大に『浮竹は病気だ』って騒ぎ立てるのは不味いだろうけど、浮竹の負担を減らすために頼りにしても良さそうな奴には、こっそり相談しておいた方が良いと思うんだよね。いざって時にボクとだけしか動けないのは不味いし」
「賛成。あと、私達が十四郎の頼まれ事を引き受けるのも良いだろうけど、十四郎に頼み込まれる前の段階で、『十四郎にしか頼めない事』と『他の誰かでも出来る頼み事』の区別をつける必要もあるかも」
「……それって、ただ単に浮竹と近付きたいから『頼み事』を口実にしている娘が居るってやつ?」
「女の子だけじゃないよ、男女共に、半分くらいそんな感じ」
「うわぁ、色男だねぇ」
「十四郎本人にまったく自覚がないとこが凄いのよ……」
意を決して十四郎に頼み込む → 十四郎はいつもの笑顔で引き受ける → 実力的に頼み事は速攻で解決 → 特別親しくなる間もなくお礼を言って終わり。
「……自覚があったらボクよりたらしじゃない、それ」
「たぶんね。傍で見てると天然って凄いなぁ……と思うもの」
あれは無自覚で女の子を泣かせた事が絶対にあるだろう。
「でもそれは使えそうだね、」
「え? どう言う意味?」
「つまり、浮竹は確実に慕われているんだから、それを逆手に取ればいいのさ。浮竹に頼み事をするんじゃなくて、浮竹から頼まれ事を引き受ける事で親しくなれる……っていう方向に持っていけば、負担は激減するんじゃない?」
「あ、なるほど!」
春水の発想に大いに納得しながら、思い出したのは『十三番隊』の光景だ。
十四郎……つまり『浮竹隊長』を慕って、そのお役にたとうと躍起になっていた人々。
もうこの頃からその片鱗が出ていたんだって、そう思うと感慨深かった。
「じゃあ、明日からそういう方向で。あと、寮の中の事で相談できるのは小松先輩だと思うんだけど」
「うん。景清先輩に相談するの良いんじゃないかな。あの人って良い人だもの」
そういう事になった。
翌日、学級の中でこれはと思った数人にこっそりと相談して、実感したのはとにかく十四郎の人望だった。みんな、一もニもなく了承してくれる。
今日一日、大事をとって十四郎は授業を休んでいる。
明日の課外授業に備えて、体調を整え体力を温存するためだけど、私と春水が相談を持ちかけた全員が、そんな風に臥せってしまった十四郎を思って、悲しそうな、悔しそうな表情になった。
「みんな、なんで気付かなかったんだろうって、春水と同じ事を言っていたね……」
寮への帰寮途中、春水の手を握って歩く。
ぬくもりが、励ましになりますように。
「だってさ、本当にどうして気付かなかったのかなって思うよ……」
昨日の事を思い出したのだろう、春水の声にはいつもの張りがなく、しょんぼりとしている。
うー……っ、やっぱり負い目に感じてるんだなぁ。
でも、そうじゃないほうが良いと思う。特に、春水はあの『京楽隊長』になる人なんだから。
私の、勝手な思い入れかもしれないけど……。
「春水、もう気付いたんだから、気にしないでいこう? それか、これから十四郎を助けていく事で帳消しにしちゃおう。……気付かなかった事を負い目にするの、十四郎は、喜ばないと思うし……」
「……そっか、そうだね。ボクが負い目に感じたら、それを浮竹が負い目に感じてしまう事もあるんだ」
「うん。そういうのあると思う。多分、魂葬の授業の後には、十四郎の身体の事も、徐々に知れ渡るだろうし……そうしたら色んな人が一気に十四郎を気遣い始めるから、十四郎がその気持ちを負担に思わないように、『普通』に接した方が良いんじゃないかな」
「…………、それ」
「え?」
春水は、急に歩くのを止めてしまった。
それに釣られて繋いでいた手が離れて、体温がなくなってひやりとした手に驚きながら、私も立ち止まり、その顔を見上げた。
少し、ツラそうな表情。
「春水? どうしたの」
「浮竹が、ボクとに言った事を思い出したんだけど……」
『お互いを凄く大事にしているだろう?
しかもその気持ちを、決して相手の負担にならないようにもしているだろう?
俺はそれは好い事だと思う』
「それってさ、つまり、浮竹は大事にされ過ぎて、それを負担に感じた事が、あるって事かなって……」
「あ……」
そうだ。
ずっと、身体が弱かったのなら、既に、そういう事を感じていた可能性だってあるんだ。
「の言う通り、浮竹を大事にしていても、普通に接した方が良さそうだねぇ……」
春水は、しみじみ呟いた。
その声の響きが、凄く『京楽隊長』らしくて。
それに気付いた途端、 私はホッとして、自然と笑顔になってしまった。
大丈夫だ、このふたりなら……そう思えたら、なんだか気が弛んでしまって。
そんな私を見てとった春水は、不思議そうに首を傾げた。
「?」
「あ、あのね、春水と十四郎なら、この先の付き合いも大丈夫だなって思えたの。そう思えたのが、嬉しくて」
安堵の笑顔って言うのかな、こういうの。
「あぁ、そういう事か。でもなんでボク達だけで大丈夫なの? も居ないと」
「へ?」
「だから、も一緒でしょ? ボク達の間にが居ないのって、考えられないじゃない」
「え? えぇっ?!!!」
「なんて声を出してるのさ。というかね、はもうちょっと、自分自身の価値を自覚しようよ」
「私の価値って言われても! 私は私の出来る範囲の事をただしてるだけなんだよ?! 特別な事、何もしていないじゃない!」
「…………、本当に浮竹に似てるよね。天然なとこが」
「どういう意味よ!それ!!!」
さっきまでの深刻な空気を一変させて、私達は、騒ぎ立てながら寮までの道を走っていった。
明日の魂葬に対する、不安が消えた訳じゃない。
だけど、それとは別に十四郎との付きあい方のコツを掴めた事が、とても嬉しい。
私達は十四郎にとって、良い友達になりたかったのだ。
ただそれだけの事が、今後の私達に多大な影響を与える事になるとは、この時、私はまったく気がついていなかったけれど。
